▼山狩り、人攫い、その後。



端的に言うと、母さんは見つけられなかった。



猪突猛進していった伊之助もはぐれて、私はまたもや山狩りに捕まった。
そして私の出会ったそいつらはこのあいだの奴らと違って所謂悪いやつ≠ナ。殴られ気を失っている間にわたしはどうやら人攫いにあい、売られてしまったらしい。…なんてこった。
我が弟はちゃんと生きていけるだろうか。猪突猛進だけじゃあ生きていけないんだぞ、伊之助よ。おねえちゃんはこれからどうなるか分からんけど、なんとか生きていこうと思うから、縁があったらまた何処かで会おうな。…あーあ、散々だ。


その売られた先は遊郭であった。
猪の面は早々に取り上げられて、私は風呂に入れられ、禿になった。
顔はあの綺麗な母そっくりで、遊郭の女将さんはとても嬉しそうだった。
働かざる者食うべからず。売られてしまったからには仕方がないので、充てがわれた姐さんの身の回りの世話を仕事とした。

私の付いた姐さんの夕凪≠ィいらんはとても綺麗で、いい匂いのする人だった。客を惑わすその様は見ていて見事だったし、新入り禿である私に対してすら優しいのが兎に角素晴らしいポイントだ。この間は金平糖をくれた。有り難い限りである。


そんな夕凪おいらんに守られながら、私はぬくぬくと成長し、仕事をし、そこそこの年齢になった。
腹が減り客用の鯛を手掴みで貪り裸吊りにされたり、腹が減り客用の飯を勝手に食って百叩きにあっていた頃が懐かしい。今やもう立派な引込新造だ。



一応顔の器量は良しだったので、そういう立ち位置になったが、私には野望がある。
さっさといいだんなを捕まえて、旦那に金を出させてこの場所を抜け出し、さっさと伊之助を探すのだ。

この数年間、私はそれだけを考えて生きてきた。唯一の弟。可愛い弟であったのだ。一緒に生まれてきた片割れと、私はどうせなら共に死にたい。
伊之助。可愛い可愛い弟。やっぱり離れてみると、寂しくて寂しくて仕方がなかった。



「夕凪おいらん、おゆかり様が来ていんす」

「おや、今日はわっちの間夫が来ると言っていたでありんしょう?朝凪、少しの間、お相手をしていておくんなんし」

「お相手は鬼舞辻様でありんす。わっち如きにあの方がご満足されるか…」

「あら、朝凪は幼い頃からわっちの妹分。自慢の妹分がお相手出来ん相手なんて、わっちは知りんせん
月にあるかないかの、逢瀬。
やめろなんて朝凪はいいんすなあ?」


今日は綺麗な満月の夜だ。
少し肌寒くなりつつなる最近では珍しくよく晴れて、月も綺麗に夜空に浮かぶ。


夕凪おいらんには間夫が居る。
何処かのお侍さん。武家の出のその殿方に夢中のおいらんは、どうしても邪魔をされたくないらしい。
おいらんの言葉を要約すると、

てめえあたしの彼氏との久しぶりのデートを邪魔すんのか?客の1人や2人てめえもう相手できんだろちょっと引っ張っときな

である。

私はふう、とため息をついて、頭を下げ、襖を締める。

本来ならば引込新造なんかがお相手をするような方ではない。
わたしは見習いで、まずまだ一人前の女郎ですらない。でも今回の鬼舞辻さまは、少し変わったお方である。
夕凪おいらん、じゃなきゃ駄目なのだ。それ以外は受け付けない。なのにも関わらず、夕凪がダメならあの新造を、とのご指名を頂いた。
裏があるとしか思えないが、私は所詮吉原の人間だ。拒否なんてした日にはどんな目に合うかわからない。

夕凪おいらんも、金払いのいい鬼舞辻さまの相手をしないわけにいかないことを分かっているはずだ。出来る限りお侍さんとのデートを早急に終わらせてくれる…ことを祈る。しか私には今できることはない。

ずんずんと廊下を歩き、件の部屋の前へ座って、大きく深呼吸をした。

「鬼舞辻さま。朝凪でありんす。」
「ああ、どうぞ」


襖を開けて、頭を下げる。部屋の中には豪華な料理と酒がもう用意されていて、先ほどまで女郎がいたのか、もう鬼舞辻さまはお酒を飲んでいた。

「ああ、手酌なんて。わっちで良ければ」
「そんな、良ければなんて。君が良いんだ。だから呼んだんだよ、朝凪」
「あい、そう言って頂けるなんて思いんした。」
「ここの女郎は、君と夕凪以外あまり学がないようだから。話していて少しつまらなくてね。迷惑だったかい?」

日本酒をお猪口に注ぎながら、あはははは…と苦笑いをする。
夕凪おいらんのそれは努力の賜物であるが、私が鬼舞辻さまとする話は大抵現世からの持ち越しスキルである。対等に話しているわけでもなんでもない。そんなのがないおいらんのほうがやはり凄いのだ。


「いえ、そんな。でもわっちは新造も新造。鬼舞辻さまに褒めて頂くほどのものは、持ち合わせておりんせん。
夕凪おいらんなら、すぐにーーーー」



その瞬間。
女の叫び声と、男の怒鳴り声が聞こえた。












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