03
息を潜めて物陰に隠れる。
目の前を何人もの人間が走って行くのを見てから、スルリと抜け出す。施設のあちらこちらから××達に囁かれる。ワタシがどうしたいか、人間をどうしたいか。混乱仕切ったこの状況の発端はワタシじゃない。でも、この状況を作り上げたのはワタシだ。
ここにはワタシのように痛めつけられた子供が沢山いる。それぞれが何かしらの実験を受けていた。でも、それも今日まで。ここにいる子供達は、きっと生きてはいけないだろうから。
「おや?」
「………」
施設内の××に意識を潜っていたワタシを見つけられた。
システムエラーを敢えて起こしていたワタシ。それを見つけた人間は、ワタシと同じあってはならない存在だ。殺さなければ。
「これはなかなか面白い力ですね」
××体で画面の中に現れた私を見て彼は笑った。
それだけでわかる。ワタシには彼を殺せやしない。彼はこの施設の中で1番の優等生。
「僕と来ませんか、No.4869」
−−−
「修学、旅行」
「うん。私達の班にどうかな?」
E組に来てから初めての行事に休もうかと思っていたワタシに茅野が声を掛けてきた。
寄り道などの誘いを毎々断っているワタシに構うなんて物好きだ。じっと緑の目を見つめてみる。ワタシが彼女に誘われるがまま修学旅行とやらに参加してメリットはあるか。
「あ、休むっていうのは無しだよ!」
「………」
何故、茅野はワタシに声をかけ続けるのだろうか。
このクラスに編入して来て初めのうちは他のクラスメイトに話し掛けられたりはしたが、適当にあしらっていれば彼らは離れていった。
なのに、茅野は何故。彼女にとってワタシは近づくべき存在で、仲間になることは何か利点があるのかもしれない。
彼女は一見普通の人間に見えるけれども、不意打ちで流れてしまう雷からはただの人間ではないとわかる。ワタシの表面に生じるパルスによる小さな雷を受け続けてもケロリとしている姿は、多分普通じゃない。
「何が目的」
「仲良くなりたいだけだよ」
「………ワタシと仲良くなるとこに利点はないでしょ」
「仲良くなりたい人に利点とかは求めないよ」
嘘だ。
−−−
「蒼井さん!修学旅行を仮病で休む気だというのは本当ですか!?」
「殺せんせー」
茅野に聞いたらしい担任が触手を唸らせて迫ってくる。
黄色い触手の関節は曖昧で、ワタシより少し先に来た英語科担任は初日にその曖昧さが素敵だと褒めたらしい。神経を疑う。
「ワタシに行く利点はないので」
「利益を得るかどうかで決めるのは良くないですよ、蒼井さん。修学旅行とは書いて字のごとく、学びを修める旅です。修学旅行は友人達と旅行に行くような感覚ですが、立派な社会勉強なので」
目の前の担任が笑う。
黄色い頭を緑色のラインで縞々にしているのは、なんの感情だったか。目の前の人外は感情がちゃんと存在して、それを表面にだす機能が付いている。ワタシには感情の発露でさえ極わずかであるというのに。
「だから行きましょう、蒼井さん」
「………」
「もし、蒼井さんが休むというのなら先生はこのクラスから消えることにしましょう!」
「………修学旅行を一番楽しみにしているくせに」
「にゅやっ!?」
人の姿をした人外であるワタシと人の姿をしていない人外。
でも、人の姿をしていない人外の方が余程人間臭くて、単純だ。それが少しだけ気に食わない。
これを人は羨むというらしい。
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