手紙



それから本当にパタリと。
シーザーを見かけることは無くなってしまった。
チラチラと視界の隅に止まっていた金髪が本当に見えなくなってしまったのを受けて、時雨は改めて彼が、あの夜のお茶会が本当に最後だったのだと感じた。

何度もここへきたことがある彼だ。
またきっと定期的にここへやってくるのだろう。
ただいつくるの?とスージーに尋ねるのはなんだか気恥ずかしいし、まるで自分がひどく会いたいように思われるのはシャクだ。

ただあの翌朝、部屋のドアに挟まっていたひどく長い手紙は全てが一文字一文字が丁寧に書かれた英語で、なんとなく彼が書き残していったもののだと思えた。


(……それにしては…長い)

イタリア語も少し音の響きに慣れていた。
まだ喋るには伝わらないが、英語はそれに比べると幾分か簡単で、数年前に父が英語をしっかりやるように。と言ったことの意味が少しだけ分かった気がした。

(筆記体はまだ読めないし、長い文章は全然わからない…)

日常会話のように短く書いてくれる本はそれこそ子供の童話くらいだ。
慣れなければいけないと思いながらも、毎日苦心している。
スージー達も英語も話せるがカチカチとした長文の読解は自信がない。
と言っていたからきっと独特なんだろう。

仕事が休みの午後。
窓からは初夏を思わせるからりとした風が吹き込んでくる。
白い石造りとこのコバルトブルーの海は毎日見ても飽きないコントラストで時雨の心に焼き付いてくる。

外では数人の料理番がリモンチェッロを作るためにレモンの果皮を集めて酒につけている。
砂糖と馴染ませるために彼らがじゃぶじゃぶとタルの中をかき混ぜるたびにツンとレモンの甘酸っぱい香りがふわりと香って思わず目を閉じた。
じっくりつけたここのレモンチェッロは絶品だと友人達も言っていた。

かさり。
と持っていた手紙が風に吹かれて音をたてる。
手紙の文字は子供に言い聞かせるように丁寧なアルファベットなのに、その文章はひどく難解で
けれどとても美しい文章だということは時雨にもわかる。
きらりと光るような美しい単語が散りばめられていて、見ているとなんだか意味もわからずむずがゆい。

何が書かれているのか知りたい。
彼が自分に伝えたいと思っている言葉の、その機微が、この美しい手紙を余さず受け止めたい。
と心から思える。

(でも……なんだか、他の人には)

見せられない、気がする。
少しだけ頬が熱くなって、慌てて無くさないように封にしまう。

男の人から手紙をもらうなんて初めてだ。
なんだかひどくそわそわして、自分がどんな姿をしているのか気になる。

(私、全然身綺麗にしてない……かも)

備え付けられている部屋の鏡には、黒髪の一重の、たいそうありきたりな顔の女が写っている。
試しにまぶたを引っ張ってみても、スージーやましてはリサリサ様の様なぱっちりとした人形の目には程遠い。
鼻を摘んで引っ張ってみたところで、急にバカらしくなってため息をついた。

少しだけ荒れた自分の手を見つめて、不意に跪いた彼の唇がこの手に触れた時のことを思い出した。

(私のこと、どう思ってたんだろう)

大きな嵐が過ぎ去った後ほど大きな波が立つ。
急に静かになった世界に、時雨は少しだけ以前より、強い覚悟で教本を開いた。




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