未知のお月見


夢を見た。


夢の中の私は今迄みたいにコロコロいろんなところを転々として、顔も覚えていないほど希薄な人間関係を広げながら自分の居場所を探していた。
誰かどこかに、自分とパズルのピースがパチリと合うみたいにしっくりくる友人になれる人がいるんじゃあないか、なんて期待してうろうろして、影から現れる財団の制服を視界の隅に見つけてはまた遠くへ飛んで行った。
ある日突然追い出されるくらいならどこか遠くで、自分の巣穴を見つけたかった。
私は可哀想な名前になりたくなかった。
ただ、それだけだった。

そうして何度も何度も居場所を変えていくうちに、空条名前という存在の境界はどんどん曖昧になっていって、居場所も見つからないままとうとう色を失って私を私たらしめていた最後の姿も消えてしまった。

ごぼり。
大量の水の中に仰向けに落ちる。
ゆらゆら水面越しに揺れるのは月だ。
甘い金色の光が、私の金色の髪に反射している。
まるで重しを乗せられたみたいに奥へ奥へ沈んでいく。不思議と恐怖心は湧かずにやがて月の光も届かないほど奥深くヘと沈んでいく。

海底にも月が横たわっていた。

月みたいに綺麗な金髪の男性は遠くからこちらに向かって手を伸ばしてきて、応えるように名前も手を伸ばす。
どちらともなく歩き出す。ようやく顔が見える程の距離に近づいて、キラリと光った赤色の光が、男の目だと気付いたと同時に
誰かに腕を引っ張られ上へ上へ、潰れてしまうんじゃあないかと思うほどのスピードで引き上げられる。
男は海底から首だけを持ち上げて、ずっとこちらを見つめていた。
やがて水面に本物の月が見えてくる。
がぶりと水面を潜ると同時に、名前は自分が見ていた物が夢だと気付いた。














「……どうしたもんかのぉ」

ジョセフは何度目かも知れないため息をつく。
薬が切れず病室でこんこんと眠る名前を、マジックミラー越しに見つめた。
彼女を監視するように病室の隣に作られたこの部屋では、所狭しと並んだ精密機械の間を白衣を着た大勢の財団員が歩き回っている。
規則的な電子音と時折鳴り響く機械の動作終了音に目をつぶればずっと昔の事を思い出す。
まだ自分が若かった頃。財団の創設者である
スピードワゴンが亡くなってから、財団が抱えている様々なプロジェクトや調査を一斉に洗い出した事があった。
そのとに見つけたのが、名前の両親の存在だった。
ディオという男の子孫だと思われる人間の行く末を追いかけ続けていたスピードワゴン自身の意志を尊重し、ジョセフ自身もその夫婦の調査自体を打ち切る事はなくただその行く末を見守るだけのはずだった。
自体が変わってしまったのは、その夫婦が生まれたままの娘を残して事故で死んでしまってから………。

赤ん坊の彼女が孤児になり、行く末を見守る事が困難になるのであればいっそ。と財団で引き取った彼女を、何の運命の悪戯かホリィに見つかってしまい、ああ見えて気の強い彼女に押し切られるように名前は空条家に引き取られる。
詳しくは明かせないが事情があると言った自分に、普通に育つ権利のある何も知らない子供だと、ホリィは泣いた。

ホリィは心からあの子を愛していた。
あの子もまた家族を愛していた。
そんな事は分かっていたのに、自分の中にある恐れにも似た不安をジョセフは消し去る事が、結局はできなかったのだ。

正直に言えば、名前が家を出たと聞いた時は驚いた。驚いたが、同時に安堵する自分もいたのだ。
これで"家族"を脅威から守れたんじゃあないか。と

名前が薄く瞼を開ける。
しばらく夢を見ているみたいに何度か瞳を揺らした彼女に、財団員たちが一斉に色々な部署へ連絡を取り始める。
誰の目にも、まだ夢うつつに見えた彼女は、すっと上半身を起こしたと思ったら、突然やけに手慣れた手つきで乱暴に両腕に沢山刺さっていた点滴の管を一斉に引き抜き始めた。

ざわつく分析室を飛び出して、名前の病室へ飛び込んだ。
室内に響くけたたましいアラーム音は、彼女がついに自分についていたバイタルチェックのための機械を全て取り外してしまった事を意味していた。
病室へ駆け込んだ自分を、名前の目が静かに捉える。

人懐っこい笑顔で自分に駆け寄ってきていた努力家の彼女の面影はどこにもなく、目の前の女は両腕から滴っている血液をシーツで乱暴に拭き取っている。


「名前……」


名前を呼べば、彼女がこちらを見た。
その青白い肌の上に、根元から見事なプラチナブロンドが揺れている。氷のように冷たい。けれど冴えるように整った容貌に、血のように赤い瞳がギラギラと光っている。
その美しい姿は、最近ジョセフが調査を始めたある男を匂わせる物だった。


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