なぜいつも残酷を孕むの


久しぶりに戻ってきた街は相変わらず何も変わっていなくて、嫌になる程穏やかな日常が横たわっていた。
空港でホリィさんに会うのが気まずくて、その気まずさといったらこのままひとり自力で家に帰ろうかと思うくらいだ。
空港で祖父の後ろに隠れるようについて歩き、よく知っている声に思わず顔を伏せた。
明るく出迎えてくれた彼女は、昔みたいに笑ったあと少しだけ寂しそうにこっちを見て、それから『おかえり』とこちらを見ようとしない自分にそれだけ言った。

着いて早々に承太郎を迎えに行くという祖父は、アブドゥルとかいうインド人を連れて留置所に出かけて行った。
そのままにしてあるから。なんて言われても、昔の自分の部屋にはなんだか帰りたくなくて興味半分悪戯心半分で承太郎の部屋にこっそりと滑り込んむ

相変わらず面白みのない弟の部屋は、筋トレ用のバカみたいなダンベルが転がっている以外にはこれといった変化は見られなかった。
ただひとつ、気になっていたのは


(……なんていうか、タバコ臭い)


留置所に迎えに行くくらいだ。
弟もそれなりに思春期を迎えて母親を困らせているということだろうか。
最後に会ったあの日、自分の真下にいた彼は驚きの中に少しの怯えの混じった目をしていた。
ようやく一人になれた事に気が緩んできて、ここ数日の気疲れがおもく瞼にのしかかってくる。
それに任せて目を閉じてしまえば、名前がねむってしまうのに時間はかからなかった。













承太郎が幼かった頃の名前のことを思い出す時、彼女はいつも困ったように笑っていた。
自分を大事にしてくれる姉は友人にも羨ましがられる程に優しくて、面倒見がよく。そして自分と違って可愛かった。
彼女は家族の誰とも似ていなかったが、承太郎は名前の鳶色の目の色だとか、誰にも似ていない控えめなつくりの顔立ちが好きだった。
名前はよく承太郎を可愛い。とか、綺麗と言って頬や髪に気安く触った。
その度に感じる心地良さの中に混じるむず痒さのようなもの。その気持ちがなんだったのか、その時の自分にはまだわからなかった。
彼女のことは好きだったが、同時に承太郎はどこかよそよそしかった姉の態度がずっと嫌だった。
何か名前と自分の間に超えられぬものがあるのだと感じ始めたのは小学生の最後のクリスマス。家族でニューヨークの祖父の家に行った時だ。
クリスマスツリーの下で寝転んだ名前の目から宝石みたいな涙がツゥっと滑り落ちていく姿に胸がツンと痛んで、思わず手を伸ばして、姉の涙を拭い去って抱きしめたくなった。
どうしてか彼女はいつも気づけばひとり孤独の中にいた。
自分だけが名前が抱える孤独の存在を知っている優越感。自分だけがいつか名前をその孤独の中から連れ出してやれるんじゃないかと思っていた。
自分が名前を守っているつもりでしかなかったこと。
それから、自分が名前を家族として好きであったわけではなかったことを思い知ったのは、名前に最後に組み敷かれたあの日自分が驚きと見たことがない姉の姿に恐れを抱いたと同時に、胸の奥に湧き上がった暗い喜びに気付いた時だった。


「それから承太郎……名前のことなんじゃが」


カフェでDIOという男、それからそれに纏わる因縁について話していた祖父が勢いを殺して口に出した名前に、承太郎は思わず目を見開いた。
ずいぶん久しぶりに聞くその名前は、彼女が居なくなって三年経つ今は母親も話題に出さなくなった。それがまさか今、祖父の口から聞くことになるとは露ほど思わなかった。


「……名前がどうしたっていうんだ。死んだのか?」
「まったく……どうしてお前らはそう物騒なんじゃ…」


数年前まではあんなに可愛かった癖に。と零す祖父は、真面目な顔をしたまま名前は今空条邸にいる。と言った


「……アイツは出て行ったきりどこにいるのかわからねぇはずだ」
「名前が家出を繰り返していた頃から調べは付いていた。三年前に失踪してからは確かに手を焼いたよ……居場所がわかったのはつい最近じゃ。承太郎」


お前はあの子がどんな姿でも家族だと名前に言えるか。
その問いに承太郎は答えなかった。
到底祖父には言える筈もない。三年前彼女に組み敷かれたあの日から、彼女は承太郎の姉ではなくなってしまったのだから。
返事をしない自分にため息をつきながらも、祖父は話を続けた。
彼女の外見が今、自分達がジョナサンの体から影響を受けているのと同じ様に…蘇った男の影響を受けていること。
おそらく三年前からスタンド能力を発現していたこと。
そして…………………


「どうしてだ名前」


自宅に戻り、かつての自分の部屋ではなく承太郎の部屋で寝息を立てている……ベットの上の女に眉根をよせた。
思わずこぼれた言葉は、冷えた部屋の空気に溶けていく。
シーツの上に溢れるブロンドに青白い肌、それから承太郎が好きだった名前の顔はどこにもない。
冴えた月の様な女が寝転がるそのベットに承太郎は腰をおろした。女の首筋に顔を寄せると、3年ぶりに名前の香りがする。眼をつぶればこのまま顔を埋めてしまいたくなってしまって、その衝動を振り払うようにして眼を開けると、その首筋に散る金糸の髪に頭の中がスッと…急速に冷えていく感覚がした。
覆いかぶさる様にして女の肩を揺する。
ゆっくり開いた眼裂から覗いた瞳は血のように赤い。
起きたばかりの掠れた喉が承太郎、と自分の名前を呼んだ。
その声だけは、自分が嫌という程良く知っている名前の物で彼女の声を聞いた心臓がきゅっと痛む。
名前の声で、名前の匂いをさせる名前じゃない化物が自分のベットに寝転んでいる。
思わず出た拳は勢い良く彼女の右脇に当たって、呻くよりも先にやすやすと吹っ飛ばされた彼女は本棚まで吹っ飛んで思い切りぶつかる。
分厚い本がバラバラと棚から崩れ落ちて、彼女の上に落ちる。咳き込んでいる名前は顔を上げてその赤い眼でこっちを睨みつけていた。
突然響いた大きな音に、バタバタと家族がこちらに向かってくる音がする。


「……ナニしてくれ…てんのよ」
「俺の部屋に勝手に上がり込むんじゃあねぇぜ」
「……手加減なしね」
「他人だからな」


勢い良く扉を開いた母親の悲鳴が響くと同時に、駆け込んできたアブドゥルが分厚い本に埋もれたまま片手で脇腹を抑える名前の腕を掴んで引きずり出して抱き上げた。
俵のように抱え上げられても、名前の眼はずっとこちらを睨んでいる。


「承太郎ッ!!アンタ覚えてなさいよ!!絶対頭かち割ってやるから!!」


大好きな声で再生される罵詈雑言は、アブドゥルが遠ざかるにつれて小さくなっていく。


「ジジィと話してくる」
「じょ……承太郎…!」


母親の批難の視線。その視線から逃げるように部屋を出ると、苛立って適当な壁を思い切り殴った。

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