引率として参加

承太郎からの電話はしっかりと病院へ。それも診療中にかかってきた。ニヤニヤといい笑顔の雪ちゃんがラウンドガールさながらのポーズでオレンジ色のポストイットを掲げて連絡の詳細を叫ばれた時は思わず椅子から転げ落ちそうになった。マキちゃんはまた滅菌済みの道具をぶちまけるし、何よりこれでは周りには自分が承太郎とデートにでも行くように見えるではないか。
(そもそも私はいつ行くといったんだろうか……)
なんや感やで高校生に煙に巻かれている。
承太郎と知り合って早いもので一ヶ月がたとうとしているが、週に一回30分程度顔をあわせる相手の事は、やはりよくわからない。
(私は誘われたのか…?高校生に?それもあの)
あのハリウッドスターさながらのイケメン高校生承太郎様に。
(無いな。)
無い無い絶対無いこれはアレだ。遠足の引率のようなものだ。大体高校生相手では私の歳では淫行じゃないか。
ふと腕時計に目をやる。早く来すぎた事に後悔しつつ、後ろの店のガラスに映る自分の姿を確認する。
いつもまとめている長い黒髪を解いて、ジーンズと、胸元がV字になった白い薄手のブラウスに、小さなダイヤモンドがついた細いピンクゴールドのネックレス。
申し訳程度のヒールに、流石に休日だからといつもよりほんのり華やかに仕上げたメイクが、大人の女のシンプルな休日を演出している。
……と思いたい。

地面にうつった大きな影に顔を上げると、少し驚いた表情の承太郎と目があった。

「あぁ!おはよう承太郎君」
「……よぉ、時雨か」
「早かったかな、と思ってたから、丁度良かったみたいでホッとしたよ」
「逆に俺が待たせちまったな」

悪い。少しバツが悪そうな承太郎を見ると自然と緊張が溶けていった。
なんだなんてこと無い10代の少年じゃないか。行こうか、と言うと承太郎はこっちだ。と自然に時雨の肩に触れ誘導する。そのままの流れで時雨が持っていた荷物も気づけば承太郎が持っていた。

「なぁ…」
「どうしたの?」
「ガラじゃねぇが今日のアンタ悪くないぜ」
「ほ………」

照れたように帽子を深く被ると承太郎は歩くペースを上げる
ホホホそうかしら。と妙なリアクションをとってしまう時雨はやはり高校生に良いように振り回されているようだ。








水族館に着くと、流石に引率の大人のお姉さんが奢ってやらなければと財布を出そうとする間に、承太郎がいなくなったことに気づく。
(ーーーー…しまった)
いつの間にか鞄をもたせてしまっていた事に気付いた時には、承太郎はチケットを買い終わってしまっていた。
チケット代の事はいくら時雨が後から奢ると喚いてもひたすらシカトされる。しまいには鬱陶しい!と一喝されそうな空気になったので、次回来院時に会計と別で雪ちゃんに代わりに渡して貰おうと心に決める。






中に入ると、青を基調とした館内に、大きなはめ込み式の水槽の水面が光って床に影を落としていた。
思ったよりもよく冷えている館内に大丈夫かと時雨に聞くと、時雨はしばらくぽかんとした後大丈夫…と呟いた。おそらく空調に対しての質問だとはわかってい無いようだ。
しばらく進むと、ペンギンやアシカ、イルカの前から離れようとしない時雨を水槽からひっぺがす
「魚を見にきたんじゃないのか?」
「……魚ならみてるわよ」
ほら、とペンギンのそばに落ちてる捌かれたイワシを指差す時雨にため息をついて思いっきり力を込めて引っ張った。
ペンギンコーナーを抜けると、子供たちで賑わう一角に足を運ぶ。水族館の特集コーナー。今はナマコや円口類の体験コーナーをしているようだ。
ぎゃっと悲鳴をあげる時雨にかまわず水槽に手を突っ込んでナマコを掴む。
「…?触ら無いのか」
「……冗談でしょ?」
「ナマコは飼わないのか?」
「…受付でナマコ飾ってる歯医者見た事ある?」
これはこれで興味深いんだがな、と思うも面白くない時雨の手首を掴むと、サッと血の気が引いたのがわかった。
いつも診療室で表情を崩さない彼女が慌てている。なんだかそれが可笑しくて承太郎は
時雨の手を無理矢理水槽に突っ込んだ。





「まだ怒ってんのか?」
「逆に怒られないとおもう?」
手が生臭い…と何度も洗ってきたらしい
時雨がげんなりと呟く。
海のコーナーに進むと、天井まで水槽に覆われている長い廊下のような空間に出る。
通路の真ん中に置かれている椅子にどかりと座ると、時雨も距離をとりながら隣に腰を下ろす。
キラキラ光る水面が時雨の肌に反射している。黒髪がツヤツヤ光を受けて、いつもよりほんのりピンク色に染まっている頬から、視線をずらし切れ長の凛とした目元を盗み見た。
決して派手では無い時雨の純日本人的な顔立ちが、承太郎は嫌いでは無い。と思う。華やかさとは無縁のそれもずっと見ていると洗練された線で構成された美人画のように見える………のは、もしかして自分だけなんだろうか。

「承太郎君エイエイ、上通ってるよ」
すっと魚影が差して、時雨の顔に影がさす。自分を見つめる承太郎に気づか無い彼女は通り過ぎたエイを追いかけて顔を動かす。
どうしてかこの人がくるくると表情を変えるのが物珍しくてたまら無い。仕事から離れている彼女が何時もの飄々とした姿から溌剌として動く様を見ていると、不思議と承太郎の胸には何時ぞや覚えのある優越感のような何かがムクムクと湧いて育っていくのを感じた



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