夏の日、君との再会




現代転生パロ。アラジンが小学生、ジュダルが高校生になっています。


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この物語は、誰も知らない遠い遠い世界の歴史。

不思議な力に満ち溢れ、人々は同じ言語を有し、皆が一つだった世界。


その世界の危機を救った二人の偉大なる魔法使いを、私は決して忘れない。




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(この本は読んだ…この本…も、前に読んじゃったし、この列は全部読んだでしょ?あとは――――――)


図書館の一角、大きな本棚の前を右往左往する少年。

世間は俗に言う夏休みというやつで、彼の姿は端から見れば読書感想文の本を探す小学生にしか見えないだろう。
しかし、彼の事情はまた違うものであった。


(夏休みの宿題は全部やっちゃったし、暇なんだよね。残りの休みは有意義に過ごさなくちゃ…)


小学生が夏休みを有意義に過ごすのに図書館で本を読む、というのは世間的に普通ではない気もするのだが、体を動かすことが苦手な彼にとっては本を読むということは同年代の子供たちと外で遊ぶということよりも、ずっと魅力的なものだった。


(それにしても今日は人が多いなぁ…。夏休みだからかな?)


人と人の隙間を縫いながら、目的の本棚の前に辿り着く。
余所見をしていたら人にぶつかってしまいそうだ。


(結局、いつもこれを読んじゃうんだよね…)


辿り着いた本棚で手にとったのは『千夜一夜物語』。
夏休みに図書館に通うようになってから見つけた本で、小学生が読むには些か分厚い書物だ。


もう何十回と読んだ本だが、何故か惹きつけられてしまう。読んでいると不思議な気持ちになる。
それは、ドキドキとかハラハラとか、そんなに単純なものではなくて―――――


(内容っていうよりは、名前に何かを感じるんだよね…)



アリババ
シンドバッド
ジャアファル
ドニヤ
ジン




そして



アラジン





自分と同じ名前が古い書物に載っている、という強い印象に惹きつけられたのかどうかは定かではないが、少なくとも他の名前に心当たりはない。
心当たりはないのだが、どこか懐かしさを感じてしまうのだ。


(僕が前世でお世話になった人だったりして……なーんて、あるわけない…か。


ん?)


本を抱え席に向かおうとした時、ふと視界に一冊の本が映った。


(なんだろうこの本…。
こんなの、前からあったっけ…)



本のタイトルは『Magi』。

著者は、千夜一夜物語の語り部とされているシェヘラザードだった。

試しに、プロローグに目を通す。


――――――――――――


この物語は、誰も知らない遠い遠い世界の歴史。

不思議な力に満ち溢れ、人々は同じ言語を有し、皆が一つだった世界。


その世界の危機を救った二人の偉大なる魔法使いを、私は決して忘れない。



――――――――――――




プロローグを読み終えた瞬間、本を持つ手が震えた。


(なんだよこの本…。なんだか少し怖い感じがする…?


でも、僕はこの本を読まなくちゃいけない…)


何故そう思ったのかは分からない。しかし、千夜一夜物語の時とは比べ物にならない胸の高鳴りに、アラジンは一抹の不安と高揚感を感じていた。


「早く読みたい」
その一心で本を抱えて走り出したのだが……。


「うわっ……!」


どうやら誰かにぶつかってしまったらしい。


「あ、あの、すみませ…「あ゙?」」


アラジンの謝罪の言葉を、不機嫌そうな声が遮る。
恐る恐る顔を上げると、ガラの悪そうな高校生がアラジンを見下ろしていた。


襟足の長い少し癖のある黒髪に、着崩した制服。その隙間からは赤い小さな石のはまった金色のネックレスが覗いている。
目つきの悪いその双眸は色素が薄いのかうっすらと赤く、非常に危ない雰囲気を醸し出している。


「す、すみません。僕、前を見てなくて…。お怪我はないですか?ごめんなさい、僕の不注意で…」


このいかにも本を読まなさそうな高校生が何故こんなマニアックなゾーンにいるのか、何を探していたのか、そもそも本が読めるのか、と疑問に思いつつも、アラジンはとりあえず頭を下げて謝罪の言葉を並べる。

そんな質問、命知らずのすることだ。


ひとしきり謝ったところで彼の顔を見上げてみると、彼は何故かアラジンのことを凝視していた。
驚いたように目を見開き、口を半開きにさせている。


「あの……」


アラジンが声を掛けると、彼はハッとしてようやく口を開いた。


「あ…いや、別に謝ることねぇよ。こんなに人が多かったらしょうがねぇだろ」


(あれ、意外と優しい)


「それよりお前―――――




おいお前、何持ってんだ」


さっきの優しい声音とは打って変わって、彼はドスの利いた声でアラジンに問い掛けた。

「何」が、自分の持っている本のことであると気付いたアラジンは一歩下がる。


「普通の…本です…。今から読もうと思って…」


「それはお前みたいなガキが読むような本じゃねぇ。俺が返しといてやるから寄越せよ」


そう言いながら手を伸ばす高校生。しかしアラジンも本を奪われまいと本を抱き締めた。


「僕は今日この本を読むって決めたんです。それに、これくらいの本なら読めます」


「今日決めたのか?それは残念だったな。俺は夏休みに入ってからずっとその本読んでるんだぜ?
だから寄越せ



チビ」


「……チビ…?」


アラジンの中で沸々と怒りが沸き上がる。


「本当のことじゃねぇか。チビはチビらしくお友達と外で遊んで「ちょっと言わせて貰っていいかい?」」


さっきとは明らかに違う冷たいアラジンの声に、高校生は手を伸ばしたまま口を噤む。


「確かに高校生の君から見れば小学生の僕は小さく見えるだろうね。でもそれは当たり前のことであって、例え僕が10歳の平均身長より多少低くても高くても君にとっては小さく見えるわけだ。そんな当然のことをあたかも自分の方が偉いような言い分に使うのはやめてくれないかい?凄く不愉快だよ。あと一応聞いてみるけど君はこんな分厚い本読めるのかい?大体本なんて読むの?悪いけど僕には君が本を読むような人には見えないな。これは見た目上から君の中身を考察した結果だけど、どう?不愉快でしょう?つまり、僕が言いたいのは人を見かけで判断するなってことだよ。理解できたかな?

お に い さ ん」


アラジンの見た目にそぐわない人を蔑んだような表情に、高校生は勿論、周囲の人々も固まる。
しかし、高校生も負けじと悪態をつく。


「あぁ、成る程。お前が性格のひん曲がったガキだってことは理解出来たぜ」


嫌みのこもった高校生の言葉に、アラジンは満面の笑みで軽く拍手をしながらさらに彼を挑発する。


「わぁっ、凄い凄い!おにいさんに人並みのことを理解出来る頭があったんだね!」


「てっめぇ……」


睨み合う二人。

一触即発…下手をすれば掴み合いになりそうな雰囲気に、周りの客も固唾を呑む。



が――――――――


「君たちー?兄弟喧嘩は良くないよ?」


そうにこやかに話し掛けてきたのは、本を抱えた司書の男性。
しかし、今の二人にその言葉が届く筈がない。


「大体、図書館の本は皆の物だよね?それなのに、僕が先に取っていた本を奪い取るってのは筋が通ってないんじゃないの?」


「あぁ、確かに筋は通ってねぇかもな。でも今は例外だろ。
俺はその本を読みかけていた。お前は、本の続きが気になって毎日図書館に通う勤勉な高校生からその本を取り上げるのか?ん?」


「ハッ。勤勉な高校生かどうか、鏡を見直してから訂正しなよ」


「お前今人を見た目で判断すんな、って言ってたよな…?」


「そんなに読みたいなら借りて帰ればいいじゃないか」


「背表紙よく見ろ。貸し出し禁止だ」


「ほんとだ……あっ!?」


「おわっ!?」


二人の頭が何者かに鷲掴みにされる。その手は主に高校生の方だけ力が込められているようだ。


「いっ…でででで!!やめろ離せ触んじゃねぇ!」


「公共の場で騒いでおきながら何ぬかしてんだこのガキが。
図書館では静かにしましょう、って学校で教わらなかったか?あぁ?」


そう警告とも暴言ともとれる言葉で二人の動きを征したのは、司書の男性だった。が、先程までの穏やかな笑顔はそこにはない。


「図書館の本は皆でルールを守って楽しく読みましょう。はい、復唱!」


「「図書館の本は皆でルールを守って楽s「声がでかい!」」」


「お前の声が一番でかいだろ!」


そんな頭の痛いやり取りに反し、アラジンは頭の上にあった違和感が無くなっていることに気が付く。どうやら司書の男性は高校生との言い争いに夢中になり、アラジンから意識を逸らしてしまったようだ。


(今なら…)


今なら、この抱えている本を持ち出せるかもしれない。しかし勿論貸し出し禁止の書物を無断で持ち出すなど、一歩間違えば犯罪になってしまうのでないか?持ち出したことが図書館側にバレてしまえば、もう二度とこの図書館を利用することはできないのではないか?
そんな不安を抱えていたにも関わらず、アラジンの足は着実に図書館の出口へ向かっていた。
本を持ち出した罪悪感、もしかしたら見つかってしまうのではないかという不安……それよりも、好奇心が勝ってしまったのだ。
これ程までに自分を狂わせ、不思議な雰囲気を纏うこの本に一体どんな物語が記されているのか…アラジンはそれを確かめたかった。


否、


「確かめなくちゃ、いけないんだ…」


ぽつり、と言葉が零れる。

そしてその小さな背中は、大きな本を抱えたまま人混みの中へと消えていった…。






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