温室育ちの世間知らず





「なぁチビ、次は何して遊ぶ!?」


目を輝かせるジュダルくんとは逆に、ウトウトと体を揺らす僕。
昼過ぎにジュダルくんが僕の部屋にやって来てからずっとこんな調子だ。




子 供 か 。




「ジュダルくん…。遊ぶのもいいけど、少し散らかしすぎじゃないかい?それに、休憩しないと僕もう眠くて眠くて…」


早く横にならないと、今にも意識が飛んでいきそうなほど眠い。
しかし、僕は横になろうとはしなかった。










横になれないのである。




ジュダルくんが持ち込んだ果物やらお菓子やらの食べかすやゴミが床に散乱しており、とても寝れたものではない。


部屋の主が汚い床の上に座らされ、無理矢理入ってきた余所者がベッドを占領するとは、一体どういうことなのだろうか。


「せっかく王宮に侵入出来たのに、休憩なんかしてたら勿体無いだろ!
それに、俺は一分一秒でも長くお前といたいんだ…」


「あっそ」


こんな悲惨な部屋で何を言われても心に響かない。

この人はいつもいつも…


タイミングが悪すぎる。



「でも少し片付けないと、外からゴキブリが来ちゃうかもしれないよ?」


「はぁ?そんなもん入ってくるわけねえだろ。
考え過ぎだって」


そう言いながら、またゴミを床に投げ捨てるジュダルくん。
ここ、一応僕の部屋なんだけどな…。


「あぁもう、せっかく片付けてたのにゴミ捨てないでおく…………………













ジュダルくん動かないで」



「あ?なんでだよ」


「いいから、そのまま止まって!」



僕の気迫に押され、ピタリと静止するジュダルくん。

彼はきっと気付いていないのだろう。













彼の背後の壁に茶色い悪魔がいることを。




「チビ……まだか……」


「まだ。いいかい?絶対に動かないでおくれよ?」


「お、おう」



ジュダルくんが返事をしたのを確認すると、僕はゴミに埋もれていた自分の杖をジュダルくん―――――ジュダルくんの後ろの壁に向けて構えた。


「みんな、僕に力を貸しておくれ…!」


杖の先端に意識を集中させると、周りから沢山のルフが集まってくる。
あとは、これに命令式を与えてやって………。


「え、ちょっ…待てチビ!何するつもりだ!?」


今の僕には、ジュダルくんの顔など見えていない。

見えるのはただ一つ。




殲滅すべき人類の敵のみ…!



「灼熱の双掌(ハルハール・インフィガール)!!」


出力だけでいえば他の魔法よりずば抜けているこの技なら、確実に奴を捕らえることが出来る。



確実に…仕留めるっ…!








しかし――――――





「危ねえな!いきなり何すんだよ!?」


煙が晴れて見えてきたのは防壁魔法(ボルグ)を張ったジュダルくんの姿。
勿論、その後ろの壁には傷一つついていない。


「ボルグ張ったら駄目じゃないかジュダルくん!」


「ボルグ張るなっておま…俺を殺す気か!」


「殺すくらいの勢いで臨まないと取り逃がすに決まってるじゃないか…!」


「ちょっと待て、何の話だ。取り逃がすとか、殺すとか―――――――」


ジュダルくんが言い終わる前に、僕の目は浮遊するヤツの姿を捉えた。



「ジュダルくん、横!!」


「へ……?」



何の話か分からない、というような表情をしながら、ゆっくりと横を見るジュダルくん。


その目線の先に






高速で飛んでくるゴキブリがいるとも知らずに…。




「何なんだよいった………






っっっっ――――――!











ぎゃあぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」




耳を塞ぎたくなるような叫び声とともに、ジュダルくんがこちらにダイブしてくる。



だが……






「ぶぐぉっ!?」




僕のボルグにぶち当たり、無様に床に突っ伏す。



ごめんねジュダルくん。




正直予想できた。




「てっめ…なんでボルグ張ってんだよコラ!!」


「や…だって、悪意のある攻撃から無意識に身を護っちゃって…」


「今のはどう見ても悪意なんてなかっただろ!明らかに助けを求めてただろ!?」


「でも酷い顔して―――――――


ジュダルくん後ろ後ろ!

伏せて!!」



「うおぉっ!?」



此方に向かって来るゴキブリを、ジュダルくんは間一髪で避ける。


しかし、それからが問題だった…。














ピタッ












飛び回っていたゴキブリが落ち着いた場所。



それは―――――――








「いやあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁ!!!!






ジュダルくん……たっ…助けておくれよぅ…!!」





僕のボルグの表面だった。




いやいやいやいや…!

ゴキブリとか、無理無理無理…!!



よりによって何で此処にとまった!?


さっきまで元気に飛び回っていたじゃないか!





大体、



「何が楽しくてゴキブリの裏側なんか見なきゃいけないんだよ!!」



そう言いながら僕は力いっぱい床を殴る。



「どうしたチビ!そいつのせいで頭おかしくなったか!?」


しまった、頭で考えていたことをつい口に出してしまった…。



「だっ…大丈夫だよ!
いや、全然大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ!」


「どっちだ!」



ダメだ、頭の中が混乱してきた…。


大体ゴキブリなんて滅多に見ないし関わらないし…人生の半分以上四分の三くらい聖宮に閉じ籠もってたんだよ!?

あんな所にゴキブリなんかいるわけないし、対処の仕方なんて分かるわけないじゃないか!



となると、望みはジュダルくんだk………






「うぅっ……ぐすっ…」






何 故 君 が 泣 く ん だ






「ちょ…ジュダルくん、どうしたんだい!?」



涙を拭いながら、ジュダルくんは僕の方を見た。
……ちゃっかりボルグは張ってある。



「ごっ…ごめんなチビ…。俺、もう18年も生きてんのに……。お前より、ずっと長生きしてんのに……









ゴキブリに出くわしたの、人生で二回目なんだ」




なんだと。




「だから俺、その、対処の仕方とか全然分かんなくて…。前は、側に控えてた奴が退治してくれて…。


こんなちっぽけな虫一匹からお前を守ることも出来ないのかと思うと、なんか泣けてきて…」



あぁ、忘れてた。

この人も特殊な育ち方してたんだった。




これでは、いつまでたっても解決しない。
これだけは避けたかったが……仕方ないだろう。



「…ジュダルくん、お願いがあるんだ。


僕ごとコイツを攻撃して、駆除してほしい」



「なっ…!」


目を見開くジュダルくん。

そして彼は首を横に振った。


「そっ…そんなこと、出来るわけないだろ!?お前ごと全力で攻撃するなんて…!」



ごめん、僕はやった。



「(正直バルバッドで君の攻撃全く効かなかったし)大丈夫だよ。
それに、それくらいしないとコイツは仕留められない…。君も、それは分かっているだろう?」



「でも…」と、言葉を濁すジュダルくん。


なんだこの展開。



「さぁ、早く!」


その言葉で決心したのか、彼は僕に向けて杖を構えた。

実際にされてみると、なかなか怖いな…。




「くっ…そぉぉぉぉ!!



降り注ぐ氷槍(サルグ・アルサーロス)!!」



空気中の水分が氷の塊となり、さらにそれが槍となって降り注ぐ。
流石に前回よりは小規模だが、全て自分に向けられるとなると少々厳しい。


僕は目を瞑り、ボルグの強化に集中した。








…………………





どれくらい時間が経っただろうか。


続いていた衝撃はなくなり、辺りは静寂に包まれていた。



「……ビ…!……チビ!


おいチビ、大丈夫か!?」




声を掛けられ徐々に目を開けていく。

見ると、ボルグにはヒビこそ入っているものの、特に異常は見られなかった。



そして、肝心のゴキブリは……。



「ジュダルくん、ヤツは…ゴキブリはどうなったんだい!?」



僕の問い掛けに、ジュダルくんは何も言わずに床を指差す。



そこには、4pほどの小さな氷の塊が落ちていた。



「やったの…かな……」



「そうだ、やったんだ。
俺達は…勝ったんだよ!」



それを聞いた瞬間、僕は勢い良くジュダルくんに抱き付いた。


「ジュダルくんごめんよ!いきなり攻撃したりして、ビックリしただろう?」



そんな僕を、ジュダルくんは優しく抱き締めてくれる。


「いいよ、あれは仕方のないことだったんだから。
それに、全ての原因は俺にあるようなもんだ…。
俺が部屋を散らかさなければ、こんなことには…!」



「そんな…ジュダルくんのせいじゃないよ!
君を止めきれなかった僕にも原因はあるし…」


「チビ……」


「でっ…でも……ね?」



僕は、少し照れながらジュダルくんに笑ってみせた。



「怖かったけど、君に助けてもらって……えっと…



凄く、嬉しかった。


僕、やっぱりジュダルくんのこと大好きだ!」



そう言ってジュダルくんを見ると、彼は顔を真っ赤にして――――――でも、とっても嬉しそうに僕を抱く腕に力を入れた。



「おっ…俺も、お前のこと好きだから!
今までも、これからもずっと好きだからな!!」



「えへへ…。

ありがとう、ジュダルくん」










こんなことで幸せになれる僕たちは









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