「マギ」と少年





先程まで騒ぎの中心にいた少年は、食料をかかえ人気のない道をとぼとぼと歩いていた。


「よく分かんねえけど助かったぜ……」


あのまま連れて行かれたらどうなっていたことか……。恐ろしい想像に、少年は身震いをする。


(そういえば、あいつは何だったんだろう……)


考えたのは、自分を救ってくれた青年。彼が身分を明かしてからの大人たちの対応の変化に、少年は疑問を感じていた。



(ま、どうでもいいけど)



家の前まで辿り着き、一呼吸おく。そして、ゆっくりとドアに手をかけた。


「………ただいま」


返事がないと分かってはいても、少年にとってその行為は習慣となっていた。
ただ、虚しさが残るだけなのに………。












「おかえり、随分遅かったんだね。僕のほうが先に着いちゃったよ」








返って来るはずのない返事に驚き、少年は抱えていた食料をバラバラと床に落とした。同時に、反射的に体を壁にへばりつかせるように仰け反る。



「そんなに驚かなくてもいいのに」



声の主を確認するために、薄暗い部屋の中で少年は目を凝らす。


すると、そこには――――




「さっきの偉そうな奴!!」




その言葉に、アラジンは苦笑いを浮かべる。



「「偉そうな奴」っていうのはやめておくれよ……。
僕の名前はアラジン。西方の国からやってきた「マギ」だよ」


「マギ?」


聞き慣れない言葉に、少年は疑問符を浮かべる。

そんな様子の少年に笑顔を向けるアラジン。だが、その表情には影があるように見える。


「「マギ」っていうのはね、魔法使いの階級の一つで、この世に相応しい王様を選ぶのが役目なんだよ」


「ふーん……。魔法使いなんて初めて見たよ」


「この町にはいないのかい?」


「うーん…」と首を捻る少年。


「占い師なんかはいるけど、どいつもこいつも胡散臭いっていうか……」


その言葉にアラジンは思わず吹き出す。


「あははは!!胡散臭い、かぁ。君らしいね!」


「何だよ俺らしいって。さっき会ったばっかりのくせに」



そんな反応に、アラジンはどこか寂しげな顔をした。


「そう、だよねぇ……。
君と会ったのは今日が初めてだよね」



「じゃあ……」とアラジンは切り出す。



「君のこと、もっと教えてもらってもいいかな?」


「いいけど………」


少年の返答を聞き、アラジンは卓上の蝋燭に火を灯した。そして手招きをし、少年に自分の向かい側に座るように促す。


「まずは、君の名前を聞こうかな」



落ち着かない様子の少年を観察するように見つめるアラジン。
その視線に耐えかねて少年は俯きがちに答える。



「ジュダル………」




その直後、大きな音を立ててアラジンが椅子から立ち上がった。
勢いで椅子は倒れてしまっている。



「ジュダル!?」



「な…なんだよ。俺の名前がどうかしたのかよ……」


驚くアラジンと、何故そんな反応をされるのか分からず戸惑うジュダル。
アラジンはジュダルの顔をじっと見つめていたがハッと我に返り、いつもの人の良さそうな笑みに戻った。


「いや、えっと……いい名前だね」



「なんだよそれ。変な奴」



「あはは…」と笑いながら、アラジンは椅子を戻してジュダルに向き直る。


「君、歳はいくつ?」


「多分12くらい…かな」



「どうして盗みなんかしてたんだい?」


その質問に、ジュダルは ばつの悪そうな顔をする。


「どうして、って……。
だって俺、金持ってないし……」



「お父さんとお母さんは?」


「……いないよ。
三年前、変な奴らが前に住んでた村を襲ってきて……その時、死んだ」



「え………」



ジュダルの意外な答えにアラジンは言葉を失う。



「何人かは生き残ったんだけど、村は完全に消滅した。だから、皆すむ場所を探して各地を転々として、俺はこの町に辿り着いんだ。

んで、たまたま空き家だったこの家に住んでるってわけ」



「……そっか」



淡々と身の上話を語るジュダルに、アラジンは心を痛めた。
12歳など、まだまだ子供だ。子供は親を必要とし、愛情を受け、それを支えに成長する。だが、ジュダルにはそれがなかった。


「一人で生きていくにはさ、汚いことも惨めなこともやらなきゃ駄目なんだよ……。そしたら、いつの間にか嫌われ者で疫病神扱い。
お前がいると周りの人が不幸になる、ってさ」



フッと息を吐き、ジュダルは悲しげな笑顔でアラジンの顔を見た。


「まぁ、自業自得なんだけどな」


「ジュダル………」



「俺のことはいいからさ、アラジンの話を聞かせてくれよ!魔法使いと話なんて滅多にできねえし」


さっきとは打って変わって明るい声。まるで、明るく振る舞うことで寂しさを紛らわしているかのようだ。


「……そうだね。ジュダルはどんな話を聞きたい?」


「俺はね、あんたの魔法が見てみたい!!」



「話じゃないんだね……」


ジュダルのコロコロ変わる思考に、思わずアラジンの笑顔が引きつる。


「いいよ。じゃあ、よく見ておくんだよ?」


そう言うとアラジンは杖を構え、力を集中させた。


「ルフたちよ……!」


杖の先端にルフが集まり始める。


「うわー!すっげー!!
鳥みたいなのが集まってきた!!こんなに沢山集まったのを見たのは初めてだよ!!」


ジュダルの歓喜の声に、アラジンは違和感を覚える。

それもそのはず、この段階では通常の人間にルフを目視することは出来ない。


「君、ルフが見えるのかい?」


アラジンの問い掛けに、ジュダルは首を傾げる。


「え、これって普通見えるもんじゃねえの?」


「え?え?」と、軽いパニックに陥るジュダル。そんな彼をよそに、アラジンはジュダルの周りを観察する。

そして――――――



(この子……!)



アラジンは、ジュダルの周りを飛び交うルフを確認した。明らかに他の人間とは違う、体を取り巻く大量のルフ。


(やっぱり、間違いない)



『ジュダルは「マギ」だ』


そう確信すると共に、アラジンは運命の残酷さを思い知らされる。


(また辛い「マギ」の宿命を彼に負わせるなんて……)


しかし、それを無視することはできない。

アラジンは膝を付き、ジュダルの目線と同じ高さまでしゃがみ彼の肩に手を置いた。



「ジュダル、よく聞いてね。



君は――――――」















バンッ!!!






アラジンがジュダルに語りかけた直後、もの凄い勢いで扉が開かれた。



「マギ様、お助けください!!町が……!」


入って来たのは住民と思われる男性。だが、服は所々が焼け焦げ血が付着している。

ただ事ではないことが起こっているのがアラジンには分かった。


「分かりました。すぐに行きます」



「ま、待って!俺も行く!」


「………………」


外に出ようとするアラジンに懇願するジュダル。
アラジンは一瞬躊躇ったが、大きく頷いた。



「分かった、ついておいで」


アラジンは恐怖に怯え震えるジュダルの手を握り締め、火の手の上がる町の中心部へと急いだ。





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