始まりと再開





東方の国の、とある町。
賑わいを見せるバザールの人ごみを器用に避けながら息を切らして走る一人の少年がいた。



「はっ……はっ……はっ…」


黒い髪に腰まである三つ編み。着ているものは所々が破れ、汚れている。
背も低くまだ幼さの残る顔立ちだが、真っ赤なその目は見る者に威圧感を覚えさせる。

その双眸はただ真っ直ぐ前を見据え、その小さな腕の中には、パンや果物が大量に抱きかかえられていた。

町を行く人々が見ても、それが盗品であることは明らかであった。


(もう少しだ……!)


バザールの終わりが見え、安堵感から少年の頬は緩む。


が、




「ぐえっ」


突如、首が締まり足が地面から離れる。
抱えていた食料は無常にも地面に落ちてしまった。


「あーあ、いけると思ったのに………。


いてっ!」


小言を漏らした少年の頭に、容赦なくゲンコツがお見舞いされる。


「なにが「いけると思ったのに」、だ。この盗っ人!!
今日こそ警吏に突き出してやる!」


店の主人とおもわれる男性は顔を真っ赤にして少年に怒鳴りつける。
だが、少年はまるで反省していない。


「けちけちすんなよ。どうせ殆ど売れ残るようなモンばっかだろ?
それなら、俺に盗まれたほうが食い物も幸せだろうよ」



「何だと、このクソガキが!!
今日という今日はもう許さん!来いっ!!」


そう言いながら店主は少年の服の襟を掴み、ズルズルと引っ張る。
「何事か」と集まった人々は自然と左右に分かれ、道をあけた。


「やだーっ!離せよおっさん!!」


「黙れ!!一度痛い目をみて今までのことを反省するんだな!!」


「いーやーだーっ!!」



町の人々が見守る中、少年はバザールの終わりまで引きずり出されようとしていた。

しかし――――――



「何の騒ぎですか?」



突然目の前に現れた人影に、店主の足が止まる。



「嫌がっている子供を無理矢理連れて行くなんて穏やかじゃないですよね。
その子にも何か理由があるんじゃないですか?」


そう、微笑みながら言う青年。

ターバンをした青い髪、膝まである長い三つ編み。
それと同じ澄んだ青色の瞳をもった整った顔。
歳は20歳くらいだろうか。
手には大きな魔石をはめ込んだ杖を持っている。



「……あんたには関係ないだろ。こいつは盗みの常習犯なんだ。子供だからって甘やかしてちゃきりがないんだよ」


腕を回し、店主は少年を前へ突き出す。

相変わらず少年は不機嫌そうな顔をしているが、その顔を見るなり青年は目を見開いた。



「君は――――」



「大体、あんたは一体何者なんだ?この辺じゃ見ない顔だな……」


青年が何か言いかけたが、それは店主の言葉でかき消されてしまった。
青年は店主に向き直り、人の良さそうな笑みを浮かべる。


「あぁ、自己紹介がまだでしたね。
僕の名前はアラジン。
西方の国から来た「マギ」です」



青年の言葉に、周囲の人々が一斉にざわめきだす。



「マギ様!?」

「あの伝説のマギ様だ!!」

「マギ様がいらしたぞ!!」



そんな声を聞き、店主の顔が一気に青ざめる。
わなわなと震え、少年の襟を掴んでいた手もいつの間にか放してしまっていた。


「ご…御無礼を!私の無礼をどうかお許しください!!」


今にも地面に平伏しそうな店主に、アラジンは困ったような笑顔を浮かべる。



「大丈夫ですよ、そちらにも何か事情があったようですし。僕は何も気にしていませんから」


するとアラジンは何かを思い出したように懐から貨幣を取り出した。
そしてそれを店主に差し出す。


「これは……?」


「あなたは、この子が盗みをはたらいたと言っていましたね。
品物の代金は払うので、その子を許してあげてはくれませんか?」


「しかし………」


「その子と、少しお話がしたいんです」


「お願いします」と、頭を下げるアラジン。
それを見て慌てふためく店主。


「どうか、お顔をお上げになってください。こいつと話をするなどいくらでも………


あぁっ!?」



店主の声にアラジンが顔を上げると、少年は目の前から消えていた。
見ると、店主の遥か後ろへ黒く長い三つ編みを揺らし走り去っている。

さらに店主に向かって挑発するように舌を出し、地面に散乱した盗品を拾ってどこかへ行ってしまった。


「あのクソガキ!
申し訳ありませんマギ様!!直ぐに連れて来ますので…!」


しかしアラジンは首を横に振る。


「いえ、その必要はありません。
その代わり、あの子の家を教えてもらってもいいですか?」



「家……ですか?」



「はい、お願いします」



にっこりと微笑んだアラジン。


その顔に滲んだ僅かな焦りの色に気付く者など、誰もいなかった。






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