目の前でうなだれている長身を見て、一瞬心臓が止まるかと思った。誰だこんな時間にベルを鳴らす不届き者は、なんて寝ぼけ眼をこすりこすり、スリッパを引っかけたまま玄関へ下りた。扉を開けて今に至る。初めは暗くて何かわからなかったそれがやがて銀色の髪だと気づいて、ようやく頭が覚醒したのだった。


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応援に行けなくてごめんね 謝ったわたしに、仁王は気にするなとわらった。おばさんの看病のが大事じゃろ。花瓶の水を取り替える手を休め、わたしの髪をくしゃくしゃにした。わたしにとってはどちらも同じくらい大事なことだったから、どちらかしか選べないのが申し訳なくて、気遣ってくれる仁王がありがたかった。真っ白い壁に囲まれた部屋を抜けて、夕焼けに包まれた帰り道。ひとりきりの家に帰るのがいやで足を止めそうになるわたしの手を、仁王は静かにやさしく引いてくれた。


「全国三連覇、がんばってね」

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あの日 もちろんじゃ とわらった彼が、目の前にいる。肩越しに広がる夜の闇が仁王を押し潰そうとしているように見えた。仁王の髪は星のいろだ。瞬いて夜空を照らす、消えてしまいそうな光。わたしはちょうど2年と1ヶ月前のことを思い出していた。



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お母さんが倒れたのはわたしが中学1年生の夏だった。記録的猛暑日だったのに、わたしの身体はガタガタと震えていた。駆け付けてきた仁王が大泣きするわたしを抱きしめた。大丈夫じゃ、大丈夫じゃ 手術中のランプが消えるまで、仁王はずっとわたしに言い聞かせていた。
仁王と付き合いだしたのはそれが起こる少し前の頃だ。中学生の生意気な恋だと笑われるかもしれないが、仁王は十分すぎるほどわたしを支えてくれた。


「全国大会で優勝する。おばさんが良くなるまで俺はテニス頑張るから、お前も頑張れ」




1年経って2年経ち、わたしたちは3年生になった。お母さんの具合は徐々に回復していき、立海テニス部は王者と呼ばれるほど強くなっていた。仁王は詐欺師なんて称されるだけあって、あまり他人に努力を見せない人間だったけど、ペアの柳生くんはこっそり教えてくれた。彼は全国で優勝するために、とても頑張っているんですよ。それはわたしのためという意味でもあった。
一度でいいから仁王の試合見に行きたいなあ。そうこぼしたわたしに仁王は言った。いつでも来んしゃい。俺が勝つとこ見せちゃる


「幸村くんとの試合でも?」
「それは勘弁」


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仁王はいつだって全力でわたしの彼氏をしてくれた。わたしはどうだっただろう。ちゃんと彼女できていただろうか。頼って、すがって、支えられて、これじゃただのこどもだ。今の今までずっと気づけなかった。仁王はわらっていたから、つらいなんて一言も言わなかったから。いつのまにかわたしも、このさみしい詐欺師に騙されていたのだ。色落ちしたユニフォームの肩から、テニスバッグがドサリと落ちた。

傾いできた仁王の身体をわたしはしっかりと抱き留める。8月なのに夜風が頬を濡らした。もう夏も終わるんだね、仁王。ねぇ、星がきれいだよ。


「大丈夫だよ、仁王。大丈夫だよ」


彼の夏が終わった日、わたしたちは2人ぼっちで泣いた。


この夜が死ぬまで


101220/title by joy

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