あついあついあつい。図書館から出たとたん陽射しが数千本のナイフみたいに突き刺さってきて、あわてて近くのコンビニに飛び込んだ。死んでしまいそうな暑さ。温暖化断固反対。てのひらで必死に顔を仰ぎながら冷えた店内を歩く。アイスコーナーで手を伸ばすのはいつもとおなじアイス、いつもと違うのはアイスに伸びる手がもうひとつあったことだった。


「あ、日吉くん」
「…」


隣に立ってわたしを怪訝な目で見つめるのは、テニス部の日吉くんだった。なまえはなんだったっけ…、覚えてない。みんな彼を日吉くん日吉、オイお前、とばかり呼ぶから聞いたことがない。日吉くんには下の名前で呼んでくれるひとがいないのだろうか。オイお前、と日吉くんが口を開いて、彼の顔をガン見していた自分に気づきわたわたしながら視線をそらした。おなじものに向かって伸びたわたしと日吉くんの腕が目に入る。


「日吉くん、あずきバー食べるんだ」
「…まあ」
「おいしいよね」
「普通じゃないか」
「うん、普通においしいよねあずきバーって」
「……」


日吉くんは眉をぎゅっとよせたまま小豆色のパッケージを手にとった。ふたつ。片方をわたしに差し出す。「買うんだろ」「あ、うん」あっさりと渡された。あっさりすぎて、ひんやりしたてのひらの感触でお礼を言い忘れたことにようやく気づいた。日吉くんはずんずんレジに向かう。わたしもほかに買うものもないので後に続いた。休日の昼という時間帯のせいか、ふたつあるレジにはどちらも列が出来ている。一人分空いているレジにわたしたちは並んだ。日吉くんの抱えるテニスバッグが目に止まって、わたしはまた話しかけてみることにした。


「部活帰り?」
「ああ」
「お疲れさま。暑かったでしょ、今日」
「この天気だからな…」


日吉くんはコンビニの外を見てげんなりした顔になった。一瞬外に出ただけで太陽から集中攻撃を受けるくらいなのに、ひたすらテニスコートを走り回っていたわけだからまったく感服してしまう。クーラーの効いた図書館でのんびり時間をつぶしていた自分が情けない。ぜったい無理。


「そりゃあアイス食べたくなるよね。うち帰るまでに溶けないといいね?」


ああ とか そうだな とか簡潔な相槌を予想していたわたしとは裏腹に、日吉くんはわたしの方へ向き直った。


「好きなのか?これ」
「これって、あずきバー?うん、好き。マイブーム。井村屋のあずきバー」
「…へぇ、わかってるな」
「ん?」
「会社の名前まで出てくると思わなかった」
「そうかな?いろんなあずきバー食べてるうちに覚えただけだよ」
「そうか」
「もしかして、日吉くんもあずきバー好き?」
「わりと気に入ってる。ここのは。甘すぎない」


それは好きってことなのかな。ここのはってことは日吉くんも井村屋のあずきバーファンなのかも。意外のような、納得のような。そんなことを話していたらレジは日吉くんまで回ってきていて、わたしはちょうど空いた隣のレジで会計を済ませた。わたしがコンビニを出ると後ろから日吉くんも出てくる。てっきり家に帰って食べるのかとおもったら、思いがけず日吉くんはその場でパッケージを破いた。


「あれ、家に帰るんじゃないの?」
「いや。図書館に寄る」


お前は?と聞かれて、「わたしもだよ」と言葉が勝手に口から滑り落ちた。いやいやいや、わたしもじゃないでしょ。図書館ならさっき返却して出てきたばっかりでしょ。でも訂正するまえに日吉くんが口の端を吊り上げて笑ったから、喉のあたりで引っ込んでしまった。日吉くんの笑った顔。ちょうレア。


「偶然だな。さっきからタイミングがよく合う」
「あ…そう、かな。そうだね」
「何だよ、変な奴」


ぱくりと一口、日吉くんがアイスをかじった。パッケージからあずきバーを取り出しながら彼の一歩うしろを歩く。いまさら気づいたけど、日吉くんってけっこう背高いんだな。わたしが小さいだけかもしれないけど。ふたりであずきバーにかじりつきながら歩いていると、不意に日吉くんが振り返った。背中のテニスバッグが揺れる。さらさらな髪の毛がきらりと光る。


「おい…その、お前、名前は?」
「…へ?」
「今更だが、俺はお前の名前を知らない」
「それは…今更だね」


日吉くんはすこし気まずそうだった。べつに日吉くんは悪くない。わたしは彼としゃべったこともない隣のクラスの女子で、彼は有名人だ。わたしが日吉くんを知っていて日吉くんがわたしを知らないのは仕方ないだろう。というかよく知らないでここまで話してたよね、わたしたち。思ったままを言うと、日吉くんは全くだと頷いてすこし笑った。暑いあつい夏の陽射しを吹き飛ばすような爽やかな笑みだった。


「俺は日吉若。お前は?」
「わたしは…」


この夏が終わる頃、わたしたちが付き合いだすなんて想像もしていない7月の初め。


100713

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