「それでだ、どうやったらこの国を変えられるだろうか」
「いや、そんなこと聞かれても」


わたしが常識的かつ当然でまっとうな答えを返せば、桂さんはムムムと整った眉をよせた。常識的でもまっとうでもない桂さんにわたしの意見は受け入れられなかったらしい。べつにかまわないけど。


「考えることをやめてはいかん。まず考えることから平和は始まるのだ。国を変える方法だって、三人集えば文珠の知恵、きっと見つかるはず」
「三人いませんけどね」


わたしがやはり常識的かつ当然でまっとうなツッコミを入れても、桂さんの耳には届いてないようだった。彼はこの暑い日差しのなか黒くてそこらの女性より長い髪を反射させ、みたらし団子を頬張っている。見ているほうが暑苦しい。冷たい麦茶もありますよ と言ったのに、彼はわざわざ暑いほうじ茶を飲んでいる。見ているほうが暑苦しい。なぜ暑さを身にまとったような桂さんではなく、袖を肩までまくったショートヘアのわたしが汗を垂れ流さなければならないんだろう。理不尽だ。とりあえずその長い髪切ったら世の中も少しはマシになるかもしれませんよ、とはさすがに言えない。そもそも桂さんが模索している世直しの方法を、学のない茶屋の売り子が知っているはずもないのだ。


「三人だぞ。エリザベスがいるからな」
「エリザベス?女性の方ですか?」


いかにも高貴そうな名前から金髪グラマー美女を想像したけど、桂さんはさらりと「女子ではないぞ、立派な大和男子だ。まあ天人だから大和ではないが」と否定した。変わった名前の男性もいるものだ。お仲間ですかと尋ねれば、顔をほころばせて俺の相棒だと言った。ずいぶんと信頼されているらしい。会ってみたいと思ったけど、変人の桂さんの相棒ならもっと変人にちがいない。口に出す前にあわてて喉元から打ち消した。


「ところで、猫は好きか」
「猫ですか?…あまり好きじゃないですね、店のごみ箱をしょっちゅう荒らすので」


先日もしてやられたことを思い出して顔をしかめると、桂さんはそれ以上にしかめっつらをしていた。この人はころころと表情が変わって、見ていて目が回りそうになる。わたしがどうしたのか聞こうとする前に、桂さんはものすごい勢いでわたしの両手を掴んだ。ええええええ


「猫を好きでないとは…!なんてことだ!それはいかん!確かにごみ箱を荒らすのは迷惑かもしれない、だが憎んではいけない。彼らにも荒らさねばならぬ事情があるんだ!飼い主に捨てられ、縄張り争いに負け、飢えた子供を抱え、働きにいかない飲んだくれの夫と借金取りの板挟みにされ…」
「いやいやいやどんだけ複雑な家庭なんですか猫なのに!というか猫なのに働かない飲んだくれの夫とか借金取りとかいるんですか!?」


ターミナルの果てより飛躍した桂さんの力説をわたしがあくまで常識的かつ当然以下略に突っ込む。それはともかく掴まれたままの両手が痛いこと痛いこと。頼むから離してください桂さん。というか、店先でわたしは一体なにをやってるんだ。
一通り語って冷静さを取り戻した桂さんは、少々息を乱しながらお茶を流し込んだ。渋い抹茶色の湯呑みをわたしの手に握らせ立ち上がる。わたしもつられて立ち上がった。


「オイ、そこのアンタ」


女みてーに髪の長い侍、見かけなかったかィ?高い声に振り返ると、これまた暑そうな黒い制服を着込んだ栗色の男の子がわたしの肩を掴んでいた。うさん臭そうな目でわたしを見上げている。こんな男の子にまで腰に刀を下げさせる国を変える方法を、わたしはやっぱり思いつきそうもない。
もう一度隣に向き直る。そこにはだれもいなかった。湯呑みを持ってひとりで突っ立っているおかしな売り子は、「さあ、知りませんけど」ととぼけた顔で答えた。







「よーぅ、久しぶり」
「坂田さんじゃないですか。こちらこそお久しぶりです」
「相変わらず真面目ねぇ、銀さんて呼んでくれて構わねーのに」
「お客さんですから」
「相変わらず律儀だねぇ」


白いモジャモジャした頭を掻きながら坂田さんに言われると、自分が真面目と律儀の権化になった気がしてくる。べつにそんなこともない。適度に手抜きもするしけっこういい加減だ。真面目というなら、桂さんのほうだろう。ちょっとズレてはいるけど。


「わたし適度に手抜きもするしけっこういい加減ですよ。坂田さんの団子のサイズとか」
「えっいい加減なのコレ!もしかしていつもより小さかったりすんの!?」
「お茶も出がらしだし…」
「マジでか!!」
「坂田さん常連だから」
「そんなプレミアいらねーよ」


と言いつつ坂田さんは出がらしのお茶を啜っている。団子のサイズはいつもとだいたい同じだ。ちなみにわたしが出がらしでないお茶を煎れるのは、たくさん注文してくれた方か入れ直してすぐ飲みにきた方くらいのものだ。もうひとつちなみに言うと、桂さんは運よくいつも後者で煎れたてを飲んでいる。ふしぎ。


「…それより、なんですか?それ」
「ごみ箱」
「なんでそんなもの持ち歩いてるんですか」


いぶかしげに尋ねると、坂田さんは持ち歩いてはいねーよと首を振った。ついでに抹茶色のポリバケツのようなごみ箱も振る。次の言葉に耳を疑った。ここに届けに来たんだ。
坂田さんの言うところによると、桂さんの相棒、名前は金髪グラマー美女だけど立派な大和男子エリザベスさんが桂さんのお使いにきたらしい。このごみ箱をわたしの店に届けるようにとのこと。それも、店の裏口に置いておけ、と。正直坂田さんと桂さんが知り合いということも今初めて知ったし、こんな微妙なプレゼントもらっても……微妙だ。そもそもプレゼントなのか定かではない。持ち上げると重量を感じる。まさかと思ってごみ箱に耳を当ててみても、なんの音もしなかった。開けたらドッカーン!ではないようだ。
坂田さんは置くだけ置いて勘定を払わず帰ってしまったし、この店はわたしひとりで切り盛りしている。仕方がない。わたしは意を決してあやしいごみ箱の蓋を開けた。

爆発はしなかった。

そこに入っていたのはキャットフードだった。大きい袋詰めの。爆弾か未知の生命体かわたしの想像を超える変な物体が飛び出してくると覚悟していたわたしは、拍子抜けして大きく息を吐いた。拍子抜けすると同時に疑問が湧く。なんでキャットフード?そしてキャットフードに敷かれるかたちで挟まっていたメモを見つける。達筆な文字がつづられていた。


罪を憎まず猫も憎まず


ああ、そういえば。わたしは先日の会話を思い出した。
罪を憎まず猫も憎まず。これはつまり、ごみ箱を漁ったことも含めて猫を愛せと。このごみ箱を置いたらたしかに店のごみ箱は荒らされなくなるだろうけど、キャットフードを入れたごみ箱を裏口に置いたりしたらもっと猫が寄ってくるじゃないか。そこは考えなかったのか。役に立たない格言だなあと、口元が緩むのを感じながら思った。

罪を憎まず猫も憎まず。
桂さんはこの国をよくする方法を模索するテロリスト。でも桂さん、もう答えは出てるんじゃないのかなあ



罪を憎まず人も憎まず
そんな世になったらいいですね、桂さん。


100626
誕生日おめでと

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -