頼るにはたよりなくて脆くてよわいいきものだと思った。抱きしめてあげると酷くうれしそうにわらうから、私は愛おしくて何度もなんども抱きしめた。きんいろのさらさらした髪の毛が指をすりぬけてゆく感触がたまらなく好きで、事あるごとにちいさな頭をかきまわした。がんばったね、といわれたときのゆるんだ口元が可愛らしくて、私の口元もなさけないくらいゆるみっぱなしだった。守るべきものだった。不安定であたたかいこの子を世界のおそろしいもののすべてから守ってやらなくては。

ザンザスが目を覚ましたときにまず驚いたことのひとつは、彼らの成長だったという。ただひたすらザンザスとの忠誠を守りつづけたスクアーロの髪はずいぶんと伸びていたし、その隣でまっしろい歯をのぞかせてわらう少年の身長があまりにも変わっていたから。「お前はたいして変わってねぇな つうか太ったか?」といわれたときは正直流氷につっこんでもう一度凍らせてやんぞ とこめかみをひくつかせたものだ。それに体重はかわってない。


「なー聞いてんの」ベルの成長は目まぐるしいものだった。ふつうの子供と同じくらいだろうと誰かに突っ込まれたりしたけど、ふつうの子供とは比べものにならないくらい大人になったと思う。ずっと傍で見てきたひいき目かもしれないけれど。


「無視?王子シカトすんな」
「べつにしてないよ」
「じゃあなんで黙ってるわけ」
「ベルが大きくなったなあって思ってたの」


はあ?と見えない眉がひそめられる。きんいろのベールがかかったその向こうのひとみを最後に見たのはいつだっただろう。ようやく夢の世界へ遊びにいったちっちゃな王子さまの前髪をかきわけ、せまいおでこにキスを落とすのが私の日課だったのだ。



「だから、ホントに行くのかよって聞いてんじゃん」
「行かないわけないでしょ、任務なんだから」
「死ににいくよーなもんだろ。どうせボスと部屋に入った瞬間めった撃ちだぜ」
「わかってるよ」


同盟の話し合いなんてただの名目だということは一目瞭然。相手はまともに顔を合わせる気すらないにちがいない。しかし話し合いを拒否すればヴァリアーにとどまらずボンゴレ全体に傷がつく。出席しないわけにいかず出席したところでダメージは避けられない。ザンザスが選んだのはボンゴレの誇り、そしてこの私だった。妥当な判断だと思う。ザンザスが命じたことなのだから私はそれにしたがうだけ。
ベルはものすごく不機嫌そうに床を蹴った。高級なカーペットには跡ひとつつかない。


「死にたいのお前」
「ヴァリアーのためなら死んでもいいよ」
「俺のために生きるって言ってたじゃん」


そんなあおくさいことを言っていたこともあったなあ。老けたつもりは毛頭ないが、あのころは若かった。私はただただ幼いベルを守るためだけに生きていた。今だってそう。私が任務で死ぬことになったとしても、この子のいるヴァリアーが守られるのならば。


「ベルは私がいなくても十分すぎるくらい生きていけるよ。それにもしかしたら死なないかもしれない」
「……ウソつき」


まるでだだをこねる子供のような口ぶりについついわらってしまう。私より背の高いきんいろの王子さまは、その声帯をゆらしてちいさな声で 死ぬなよ とつぶやいた。
私は黙ったままベルを抱きしめる。じぶんより大きな人間を抱きしめるのはさぞ不格好に見えるのだろうなと頭の隅で考えた。
くしゃくしゃときんいろの髪をかきまわしてやる。相変わらずさらさらして乱れることはない。きっと泣きそうにゆがんでるだろう瞳にキスしてあげたいけれど、そうしたらこの子は本当に泣いてしまう気がした。
大丈夫だよ、わたしまだわらえるから。だからどうか泣かないで。



「…行ってきます」



銃弾の雨に負けないくらいの愛があったなら。ここには私が愛してきたものすべてが置いてある。置いていくのはもったいない、連れてゆくこともできないなら生きて帰ってくるしかないのだ。
これまで守ってきたものに、わたしはつなぎ止められている。



結局、このぬくもりがあるかぎりわたしは囚われたままなのだろう。生きるということは生温くて曖昧で、すがりつきたいほどいとおしい。





耳のうらに染み込んでいった「いってらっしゃい」は、死んでも忘れないと思った。





その手を離せないままわたしは走る


100225

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