本日イタリアは晴天。わたしの足取りは軽く、ピンクのパンプスが軽やかなワルツを奏でていた。陽射しはあたたかでやわらかい。お日さまはわたしのつま先のワルツを気に入ったようで朝からにこにこしている。ひらひらと白いフレアスカートがゆれる。

この素敵なパンプスは先日口の上手い靴屋さんにベタ褒めされ、ちょっとお高いのに目をつむって買ったもの。触りごこちのよいスカートは一級品の布を使った0のたくさんつく値段で、友達にも協力してもらって手に入れた。他にもお気に入りのトップスやアクセサリーで全身をかためてある。これだけしないと、こっちの精神がもたないと、これまでの経験から学んでいた。
今日のイタリアはとてもいい天気で、なんといっても最高のデート日和なのだ。


「リボーン!」


きらきらと光を反射するショーウインドウに背中を預けた黒い人影がふっと顔を上げる。わたしを見つけて、眩しそうに目を細めた。

ピシッと決まったスーツに寸分も狂いのない真っ直ぐなネクタイ、ボルサリーノ。いつもと変わらないリボーンの出で立ちはいつも変わらないのにまったく、ため息がでるほどかっこいい。海底で白く輝き続ける真珠のように、その黒は美しさを失うことなく鋭くそれでありつづける。
つまるところ、素材なのだ。わたしがどんなに着飾ってパンプスを鳴らしても敵うことはない。けれど着飾らないとわたしみたいな普通のおんなのこは彼の横に立つことだって憚られるから、わたしは値段が張ってもとにかくお洒落する。そう思うとすこしくやしくて、同時に誇らしい。なんたって彼はわたしの恋人なのだから!


「待たせてごめんね」
「いや、ちょうど1時だ。俺もたいして待ってない」
「本当?よかった!」


リボーンは行こうと言ってわたしに手を差し延べ、わたしはうきうきしながらそのひとまわり大きな手に自分のそれを重ねる。2、3歩進んでから、ふとリボーンが立ち止まり振り返った。


「…そのスカート、似合ってるぞ。パンプスも可愛いな」


ああ、よく似合ってる、ともう一度頷いてリボーンは微笑んだ。その微笑ときたらほんとうに優しくて、男の人なのにとても綺麗だった。わたしの胸が一瞬止まって、思い出したように急にどきどきする。顔があつい、あんなの反則だ!!
上機嫌でリボーンは歩き出す。鼻歌を歌ったりスキップこそしないものの、今日のリボーンはすごく機嫌がいい。わたしと会うときはたいていそうなんだけど、たまにすごく疲れているときもある。そんなとき、彼はわたしが店を閉めたあと部屋にやってきて、疲れた顔でソファに座り込み安物のワインをくいっとやるのだ。


何かお仕事で良いことがあったのかしら、とわたしはリボーンの背中を見つめて推測してみる。彼のお仕事はイタリアではそう珍しくない、けど物騒で危険極まりないものだと知っている。マフィアだ。その中でもリボーンはものすごく有名なヒットマンらしい。といっても、彼はすこし前に前線を退いたと言っていた。
リボーンがマフィアっていうのはその格好を見ればなんとなくわかる。でもわたしはいまだに彼がヒットマンだというのが不思議でしかたない。リボーンはこんなに優しくて紳士的な素敵な男性なのに、どうやって人を撃てるだろう?


「最近店はどうだ?」
「いつも通りかな。…あっ!」
「どうした?」
「あのねリボーン、新しく商品をつくってみたの。」
「へぇ、どんな?」
「こないだ隣のおばさんがリンゴを箱6つ分もくれたから、それをたくさん使ってパイを焼いてみたんだけど」
「アップルパイか。そういやお前のとこには無かったな…」
「うん。せっかくだし店に出そうかと思って…今日持って来たから、リボーンも味見してくれる?」
「ああ、楽しみだな」


ほら、リボーンはこんなに優しく笑う。やっぱりヒットマンなんて嘘なんじゃないかなあ。そもそも有名なヒットマンが、うちみたいな路地の小さなパン屋に来ることなんてあるのかしら?まあわたしは彼の他にマフィアの知り合いもいないから、マフィアがどんなパン屋に行くかなんて知らないんだけれど。
他のマフィアといえば、とわたしはリボーンの話の端々に出てくる彼の上司(弟子?)の名をあげてみた。


「そういえば、ツナヨシさんは元気?」
「ツナか?まあアイツは…死んではいないな。仕事に殺されるって嘆いてたが」
「大変そう」
「ボスなんだからそんくらいが丁度いいんだ」


アイツもまだまだ弱っちいな、なんてリボーンはどうでもよさそうに話すけど、本当はツナヨシさんのことを大切に思ってるって、わたしにはわかる。ツナヨシさんのことを話してるリボーンの目は、やっぱり優しいからだ。リボーンってツナヨシさんのこと大好きなのね、と言ったら飲んでいたエスプレッソを盛大に噴かれたけど。


「あっリボーン、あそこでアイスクリーム売ってる!」


数十メートル先の人だかりを指差すと、リボーンはちらっと辺りを見回し、財布からいくつかのまあたらしい硬貨を取り出してわたしに手渡した。


「買ってきていいぞ」
「リボーンは行かないの?」
「俺は待ってる。頼む、甘すぎないやつ」
「わかった。行ってくるね!」


陽射しを浴びてきらきらひかる硬貨を握りしめ、わたしはアイスクリーム屋さんへ駆け出す。途中で振り向くとリボーンの背中が目に入る。なにやら細い路地のほうを見ているらしい。なにしてるんだろう?と首を傾げていると、後ろの子供に「ならぶの?ならばないの?」と睨まれてしまった。あわてて列に加わる。

後ろの人々に急かされるようにラズベリーとコーヒーを選んだ。人気のお店だったみたい。ふたつのコーンを持って小走りでリボーンのところへ戻ると、リボーンは何事もなかったようにわたしからコーヒー味を受けとった。


「さっき何みてたの?」
「さっき?」
「路地のほう見てたでしょ?」


リボーンはちいさく笑ってアイスクリームを口に運ぶ。


「ネズミがこっち覗いてたから睨みつけてやった。このアイス、なかなかうまいな」




広場を過ぎるとブティックが立ち並ぶおしゃれな通りに入る。わたしくらいのおんなのこが可愛い服を漁っていたのが、リボーンが通るだけで一斉に視線が集まる。こんなにかっこよければ当たり前だけど、リボーンはほんとうにもてる。
わたしは急いで後ろから隣に移動すると、彼の左腕にだきついた。リボーンはすこし驚いたように目を開いたあと、開いた目を細めてなにも言わずわたしの肩を引き寄せる。女の人の視線が痛いくらい突き刺さるけど、わたしはとっても幸せな気分でそんなもの気にならなかった。だって彼の隣を歩けるのは、わたしだけなんだもの!
と、リボーンが立ち止まってショーウィンドウを指さした。


「このワンピース、いいんじゃないか?」


リボーンが指さしたのは薄むらさきのワンピースで、すそにはレースがあしらってあり、胸には金色の刺繍。シンプルだけどかわいらしいデザイン。
「かわいいけど…すこし大人っぽくない?わたしに似合うかなあ」
「お前に似合うと思うぞ。というか、俺はこれを着たお前がみたい」


わわっはずかしいなあ!でもうれしい。リボーンに勧められるまま、わたしは店内に足を踏み入れた。


「?リボーン、入らないの?」
「…ああ、入る。試着してみろ、俺はちょっと外で待ってるから。気に入ったらそのまま買って着替えてくればいい」


数秒店の外を見つめたあと、店員さんに話しかけながらリボーンがカードを手渡してくる。びっくりしたのはわたしだ、さっき覗き見たワンピースの値段はそうとう高かった。これだけで今日のスカートが2枚は買える。


「こんなんたいした金額じゃねぇ。気にすんな」


おどろきの金銭感覚に開いた口がふさがらないわたしと店員さんを置いて、リボーンは颯爽と店を出ていった。





「やっぱ似合うな。俺の見立ては正しかった」
「ありがとう…」


すこし照れつつワンピースのすそを持ち上げていると、リボーンが鋭い目で店の陰をほんの一瞬見つめた。なにかあったのかな?わたしも覗こうと前のめりになった途端、リボーンの微笑みがふと見えなくなった。視界が真っ暗。パン、というすこし大きい聞き慣れない音がして、リボーンのひんやりした左手がはなれてゆく。


「? どうしたの?」
「いや、虫がこっちに飛んできたからお前の目に入らないようにした」
「何か音しなかった?もしかして、虫捕まえたの?」
「しつこかったんでな。今頃尻尾巻いて逃げ出してるだろ」
「変なの。尻尾ある虫なんて見たことないよ」


そうだな、とリボーンはくすくす笑って、ポケットの中から携帯を取り出した。お仕事の電話だと悪いから、わたしはなるべく聞かないようにワンピースの刺繍をいじる。


「…俺だ。あんまりにもしつこいから今片付けちまったぞ。あ?怪我?馬鹿、俺がデート中にそんなヘマするかよ。……ん、後片付けは雲雀に任せる。身元?俺が今何してると思ってんだ駄目ツナが。そっちで調べとけ」


ツナヨシさんだったみたい。わたしも挨拶したかったなぁ、とこぼしてみたら、リボーンは まぁそのうちな、とおどけてわたしに手を差し延べる。
わたしは一回り小さい手の平を、大きくてきれいなそれに重ねた。ふたりは歩きだす。

隣を見上げると、あたたかくて柔らかい午後の陽射しを浴びて、リボーンの黒いボルサリーノがきらきら光っていた。


やっぱりリボーンがヒットマンなんて、うそなんじゃないかなあ。ひんやりする手があたたかくなるように強く握りしめながらわたしは頭のはしで考えていた。



静寂なるトリガーゆるやかなピアニシモに添えて


100205
天然彼女とお腹真っ黒紳士(のつもり)

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