この時期になると決まって気分が憂鬱になる。重力が倍になったみたいにからだが重くなって、あたまもうまく回らない。まぶたに黒いベールがかかって視界が暗くなる。せかいは薄暗い。


つまるところ、わたしは五月病なのだ。それも重度の。


この時期のわたしは何をやってもダメダメの絶不調。いつもならしないミスの連続で気持ちばかり焦って、さらにミスしてしまう最悪のサイクルができあがる。そうなるともうなにもかも悪いほうにしか考えられなくなってしまう。お先まっくら。せかいは薄暗い。そんなかんじ。

まあひと月経てばケロッとよくなるわけだが、大変なのはひと月経つまでの間。わたしはちゃんとした大人で、やらなきゃいけない仕事がある。本当なら五月病だろうがなんだろうが任された仕事をやるのが立派な大人というものだ。…が、さすがに調子悪い今のわたしにこれは……無理があるとおもう。




「今度の任務を休みたい?」


わたしのお願いをそのまま繰り返したスクアーロ隊長は、山脈のような眉間のシワをさらに増やした。ああ、せっかく顔だけはきれいなのにシワが跡になったらもったいない。今回の原因はわたしだけど。


「わたし、最近調子悪いんです。だから今回はお休みさせてください」


ばっと勢いをつけてあたまを下げる。手に持っていた資料がカサカサと音を立てた。

わたしだってスクアーロ隊長から言い渡された任務を断りたくはない。けれど今回の任務はボンゴレにとって重要な仕事なのだ。今のわたしが任務に行ってへまなんかしたら、わたしだけじゃなくスクアーロ隊長の責任にもなる。それは大変困る。わたしにとって隊長はあこがれの存在なのだ。隊長、わたしのこと幻滅しちゃうかなあ……って、ああダメだ、また暗いな気持ちになってしまった。
とにかくここはほかの、もっと優秀なひとに行ってもらうべきだ。

いい加減あたまに血がのぼってきた。返事のないスクアーロ隊長を見上げようと上を向いたとたん、おでこにひやりとした感触。ごつごつした堅いそれが隊長の手のひらだと気づくのに3秒。
びっくりして言葉が出ない。


「………熱はねぇな」


ありません五月病ですから。あれ五月病ってイタリア語でなんていうのかな。そもそもイタリアに五月病あるの?
わたしがどうでもいいことを考えているうちに、隊長の手は離れていった。代わりに隊長は膝を折ってわたしの顔を覗き込んでくる。
いったいどうしたというんだ。


「顔色…少し赤いぞぉ」


それは隊長の顔がものすごい至近距離にあるからです!!なんて言えない!
かつてないほど近くにあるスクアーロ隊長の顔をおそるおそる見下ろす。やっぱりきれいだ。かっこいい。ボスやベルさんやフランさんも二枚目だけど、わたしはスクアーロ隊長が1番かっこいいとおもう。あこがれの相乗効果だろう。わたしみたいなふつうの女の子じゃ隊長には到底敵わない。もっとわたしがかわいくてきれいだったらな……と、またもや沈んでゆく気持ち。
俯くわたしを隊長が不思議そうに見上げる。


「う゛おぉい、どうかしたのかぁ?」
「いや…なんでもないです……」


隊長は納得していないようだったけど、わたしは構わず それでは とあたまを下げてUターンした。どうやら任務のことはわかってもらえたみたいだし、重要な任務に調子の悪い部下を連れて行こうなんて隊長も思わないだろう。
歩きだしたわたしの肩を、ふいに隊長が掴んで引き戻した。

「…隊長?」
「あのなぁ…お前、なんかあったのかぁ?」
「はい?」
「調子悪くなるようなことでもあったのかって聞いてんだぁ!」


なぜか叫んだスクアーロ隊長は、空いている手でがしがしとあたまを掻いた。調子が悪いのは単にわたしの気持ちの問題で、原因はほんとうにどうでもいいことだ。馬鹿正直に五月病なんですなんて言えるはずがない。気にしないでください、と言葉を濁す。隊長は不服そうだった。わたしから視線を逸らしてつぶやくように話す。


「…その、男に言えねぇようなことなら、ルッスーリアにでも相談しろ」
「は、はあ…ありがとうございます」


隊長はわたしが女の子の事情で調子を悪くしてるとおもったのか。どっちにしろそこでルッスーリアさんに相談するというのもおかしい気がする。たしかに詳しそうではあるけれど。
とりあえずお礼を言って様子を伺う。隊長はまだ何か言いたそうだ。わたしを見つめてみたり視線を泳がせてみたり、とにかく落ち着きがない。もしかしてわたしより隊長の方が調子悪いんじゃ…


「……もし何かあったなら、俺に相談しろぉ」
「え、」
「て、てめぇは俺の部下だからなぁ!!上司として話くらい聞いてやってもいいぜぇ!!!わかったらあったかくして寝とけよぉ!!!じゃあな!」


屋敷中に響くんじゃないかというくらい大きな声で一気にまくし立てると、スクアーロ隊長は早足で去っていった。廊下の真ん中で人の視線を集めるわたしをひとり置いて。ああ…あとでいろいろ問いただされそう……なんてそんなことを考えている場合じゃない。
スクアーロ隊長はわたしを心配してくれてたのか。ただの部下であるわたしを。ただの五月病患者のわたしを。そういえばなんだかからだが軽くなった気がするし、視界がびっくりするくらい明るい。な、治った………?でも今度はやたら心臓が痛い。ほっぺたがすごく熱いし、あたまがぼうっとしてうまく回らない。隊長にさわられた肩や額がじんじんする。

どうやらまた違う病気にかかったようだ。しかもこれは…治りそうにないというか…………


…うん、ルッスーリアさんに相談しよう。




生まれ変わって ら

100509@酸素
リオさんへ、スクアーロ短編です。大変お待たせしました。

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