リリーが死んで、ジェームズが死んで、ピーターが死んで、シリウスが投獄されて、おかしくなってしまった真っ暗な世界に置いていかれたままのあたしたちの前に、そいつはいとも簡単に姿を現した。吐き気がするくらい見慣れた真っ黒いローブもじめじめした髪も手首の跡もすべてはあたしを憎しみの底に突き落とす材料に他ならなかった。それらすべて昔のあたしが惹かれていた一部だったのだからなおさら。しかしよくもまあこんなにあっさりと顔を見せられたものだ。ダンブルドア先生から話は聞いていたが、だからあたしたち全員がそれを鵜呑みにしているとでも思っているのだろうか?ふざけている。まったくふざけている。肉体的にも精神的にも疲れ果てて鉛のように重たくなった身体を騎士団のアジトに引きずって来てみれば、いちばん会いたくないやつと正面衝突してしまった。途端に食ってかかろうとするリーマスよりも早く胸倉を掴んだ。


「おひさしぶりねセブルス」
「…お前、」


なんなのその顔は。一瞬懐かしさを滲ませた細い目を潰してやりたくなったけれど、ローブのポケットに杖が入っていないことを思い出して大きく舌打ちした。まあいい、あたしの杖をこいつで汚すなんてまっぴらごめんだ。


「よくのこのこ戻ってこれたものね、元死喰い人さん?元っていうのも怪しいけど。向こうでお仲間さんが待ってるんじゃなくって?言っておくけどダンブルドアがいなかったらあんたなんか今すぐ殺してるところよ。もっともあたしは誰かさんと違って死の呪文なんて使ったことないから一回じゃ無理でしょうね。いいコツ教えてくださる?ああ、やっぱり遠慮しておくわ。一瞬で死ぬ魔法なんか使ってやらない、この手で絞め殺してやるわよ。今まで散々ひとを苦しめてきたんだからそのくらいなんてことないでしょう?さぞ気持ち良かったでしょうね!たくさんたくさん罪のないひとを殺して畏れられて、快感だった?あんたは昔からそうよね、ひとを苔にして嘲笑うのが好きだった。リリーがいなきゃ何もできないくせに!
そうそうリリーだけど、知ってた?あなたの大好きなご主人様に殺されたんですって!素敵な巡り会わせよね笑っちゃうわ!」

「…我輩は、」我輩!いつの間にそんな馬鹿くさい一人称になったのか、セブルスは俯いて愚かにも喋ろうとした。みっともない言い訳を聞くまいと再び臨戦体制に戻ったあたしの肩を優しく叩いたのはダンブルドア先生だった。開いた口は情けなく空気を噛む。慈愛に満ちたブルーのひとみに昔のきらきらはなかったけど、そこには一片の哀れみも含まれてはいなかったので、あたしはおとなしく掴みあげた胸倉から手を離した。


「きみはかなり疲れているようじゃ。早く帰って休むがよい。リーマス!彼女を部屋まで連れていってくれるかの」


あたしの後ろで固まっていたリーマスが途端に背筋を伸ばしてもちろん、と答える。ダンブルドア先生は満足げに微笑むと、あたしの頭を昔のようにくしゃくしゃにして撫でた。その手のあたたかさに張り詰めていた糸がぷつんと切れそうになって、涙が溢れる前にあたしはローブを翻した。後ろから小さい小さい、消え入りそうなくらいの声があたしの名前を呼んだ気がしたけど、廊下を睨みつけたまま唇を噛んだ。鉄のあじがした。そっと差し出されたリーマスの白いハンカチを見てすこし笑った。ごめん、あんたの分も怒っちゃった。言いたいこと、いっぱいあっただろうに。でも言わなくていいよ、汚い言葉で誰かを責めるのはあたしだけでいい。あんたたちは馬鹿みたいで笑っちゃう言葉だけ言っていればいい。久しぶりに見た初恋のひとに嘘ばかり叫ぶようなさいていな奴は、あたしだけでいい。


















あいつはまだリリーを愛していて、あたしはリリーのために戻ってきたあいつをまだ好きかわからなくて、なんだあたしの愛はあいつには敵わないんだなあって思ったらぽろっとこぼれ落ちた涙を白いハンカチが抱き留めた。


091104

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