暗いところで本を読むと目が悪くなるよ とか、夜におやつを食べると太るよ とか


小さい頃耳にタコができるほど言い聞かされていたわたしは今、ドーナツをつぎつぎと消化しながら電気もつけずに小説を読んでいる。これでは目は悪くなるし太るし明日胃もたれ決定だしベルのドーナツ勝手に食べたことを怒られるのは火を見るより明らかだ。
それでもこの悪循環をやめられないのはめちゃくちゃに駄目なことをしないと自分の心がずぶずぶ沈んでゆくのがわかるから。失恋の痛手はもっと痛いことでしか消えない。ただのごまかし めくらましだっていうのは十分自覚してるけれど、心にできた腫瘍はそう簡単には取り除けないのだ。蚊に刺されたところをつねるのと同じ。ただ残念なのはわたしの心に塗るムヒはどこにも売ってないということ。治しようがないわたしはもう一口ドーナツをぱくり。


「太るぞぉ」


空気読めない発言をためらい無しに言ってのけたのはスクアーロだ。誰が言ったのか(多分ルッスーリアだろうけど)わたしが失恋したことを知ってここへ来たらしい。一応社交辞令程度に椅子を勧めてみたりもしたけど断られて、それからずっと壁に寄り掛かって黙っていた。で、ようやく口を開いたと思えばさっきの一言。静かなスクアーロも気持ち悪いけどそれはどうなの。わかってることをわざわざ他人に指摘されるのはイライラする。わたしは答えないでページをめくった。ただ文字を追ってるだけでストーリーもわかりゃしない。


「視力下がるし、」
「………」
「悪いのは頭で十分だろぉ」


「………」なんなんだろうこいつはわたしを馬鹿にしに来たんだろうか。別に慰めを期待していたわけじゃない。でもスクアーロはヴァリアーの良心的なところがあるからベルやフランみたいに馬鹿にしたりはしないだろうと思っていた。のに。
スクアーロにも見捨てられたということだろうか。もうわたしの味方はルッスーリアしかいない。もっと優しい職場に居たかった。と後悔していたら視界がパッと明るくなる。スクアーロが電気をつけたのだ。暗い世界に慣れていたわたしの目は順応しきれずにパチパチと開閉を繰り返した。


「…消してよ」
「俺まで目悪くなるだろうが」
「なら出てけばいいじゃん」


ここに居てくれなんて頼んでないし、と自分でも可愛くない発言をした。いくらなんでも失礼だと思う。頼んでないけどスクアーロがずっとここにいることはわたしにとってせめてもの救いなのだ。慰めてもらえなくたって、ひとりで過ごすよりずっといい。
それでも謝るのは気まずい。このままも気まずいけれど。スクアーロが怒って出ていくことを待っていたわたしに、スクアーロは逆に近づいてきた。パッと文庫本とドーナツの皿を取り上げられる。


「ちょっと、返してよ」
「こんなことしたって何の解決にもならねぇだろぉが」
「…スクアーロには関係ない」
「いや、あるぜぇ」


はあ?と高いところにあるスクアーロの顔を見上げると、スクアーロは両手をふさいでいたものをサイドテーブルに置いた。そして再びわたしを見下ろす。スクアーロの真剣な表情は苦手だ。真っすぐな瞳はわたしの馬鹿な恋すら射抜いてしまいそう。


「てめぇが失恋すんのをずっと待ってた、って言ったら失望するかぁ?」


いつの間にか両脇の壁につかれている腕を見て、なるほどこいつなら、この悪性腫瘍ごと得意の剣で切り取ってしまうのかもしれないなと他人事のように思った。






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