むぎゅうううと抱きしめる。わたしの腕の中で窒息しかけているのは、もとから息をしていないテディベアだ。そしてわたしの隣には本を読んでいるスクアーロ。わたしのか、彼氏。この間から付き合いはじめたわたしとスクアーロは、めったにない彼の休日を彼の部屋で過ごしていた。ずっと前からスクアーロに恋してたわたしにとってこのシチュエーションは限りなく幸福に満ち溢れているはずなのだけれど、生憎わたしの心は45度斜めに降下中だ。隣のスクアーロはそんなわたしの気持ちなんて知らぬ顔で読書を続けていて、ふたりきりの部屋は静かにゆったりと時を刻んでいて、腕の中のテディベアは文句も言わずわたしに潰されていた。…カップルって、こういうものだったろうか。中2レベルの恋愛経験しかないわたしには、スクアーロみたいな大人の付き合いなんて想像もつかない。

休みの日にはいちゃいちゃして、休みじゃない日もいちゃいちゃして、お揃いのストラップをつけた携帯にツーショットのピンクいプリクラを貼って。わたしの友達に付き合ってからの行動を聞いてみると、返ってくるのはそんな返答ばかりでどうもアテにならない。スクアーロとプリクラなんて地球がまっぷたつに割れてもありえないし、まさに仕事用!って雰囲気のスクアーロの携帯に、わたしが愛用してるご当地キティちゃんストラップがついた日には空からヤリが降って来るにちがいない。休みじゃない日のスクアーロはたいてい別の国で任務中なわけで、つまりわたしが彼といちゃいちゃできる可能性がいちばん高いのは任務が入ってない休みの日、つまり今日のような日なのだ。それを踏まえてわたしはわたしなりに頭をフル回転させ今日のスケジュールを考えた。お出かけに向いてる所とか、おいしいジェラートのお店とか、最近オープンしたブティックだとか、イタリアの観光パンフレットをかき集めて試行錯誤を重ねに重ね、スクアーロと一緒に回るところを妄想しては頬を緩ませていた。だってわたしとスクアーロがデデデ、デートする なんて!手も繋いだことないどころか恋人らしいことを何一つしてなかったわたしたちが、ついに!どうしよう、わたし緊張して死にそう…!と悶絶していたわたしを現実に引き戻したのは、ニュースのお姉さんが笑顔で告げる大雨暴風警報だった。
結果、わたしの計画は水の泡となり降りしきる雨にあっさりと流されたのだった。ひど過ぎる。ひど過ぎて涙も出ない有様だ。神様はわたしが嫌いなのか、はたまたこの部屋の沈黙を試練としてわたしに課したのか…無宗教のわたしには知る由もない。そして時は冒頭に戻る。

雨の日が嫌いなわけじゃないし、雨の日なりの過ごしかただっていろいろあると思う。例えば映画を見るとか。照明を消してロウソクに火をともしながらロマンチックな恋愛映画を見たり、またはホラー映画できゃあきゃあ叫んでどさくさに紛れ抱き着いてみたり…けれど今日はレンタルショップにDVDを借りに行ける天気じゃない。そうなるともうわたしには手の打ちようがなかった。テディベアを抱き殺しつつソファの反対側をちらりと窺えば、スクアーロはひたすら本の世界に没頭している。さっき覗かせてもらったところ、理解不可能な単語と文法がつらつらと連なっていて数秒でギブアップした。…絵本とマンガレベルのわたしとは比べることすら愚かしい。わたしって、ほんとにオコサマだな…。何においてもスクアーロには届かないし、趣味も合わないし、かわいくないし……あれ、わたしってなんでスクアーロの彼女になれたんだろう。っていうか、あれは全部夢だったのかな?当たって砕ける勢いで告白したらオーケーを貰えたのは幻だったのかな。どうにも否定しきれなくて涙が出そうだ。


「す、スクアーロ」


小さな呼びかけはちゃんと聞こえていたらしく、スクアーロが顔を上げわたしの顔を見てぎょっとする。


「お前、どうしたんだあ…?」
「え?」
「なんで泣いてんだあ!」
「え、え、わかんない」


頬をつたう生暖かい水滴を意識した途端、ぼろぼろ涙が溢れてくる。わけがわからなくてアワアワしていると、ぎゅうと抱きしめられた。
「わ、あ」初めてのスクアーロのハグ。アワアワからアワアワアワくらいに混乱してしまう。びっくりして涙も引っ込んだ。顔、真っ赤じゃないだろうか。てゆうか絶対真っ赤だ。


「す、すくあーろ」
「…わりい」


ぎゅうううとスクアーロの力が強くなって、わたしの心臓は破裂しそう。どきどきする…!目の前のさらさらした銀色の糸の隙間から、スクアーロの赤い耳が見えた。スクアーロも、どきどきしてるのかな。わたしの心臓が煩すぎて聞こえないけど、スクアーロの心臓もばくばくいってるのかな。熱に浮かされたような頭でぼんやり考えていたら、パッとスクアーロの体が離れた。ちょっと、いやものすごく名残惜しい。頬はいつのまにかすっかり乾いていた。


「…もう平気かあ?」
「う、うん」
「そういや、初めて抱きしめたなあ」
「…うん」
「寂しかったかあ?」
「…うん」
「悪かったなあ」


申し訳なさそうに呟くスクアーロに、今度はわたしから抱き着いた。驚いた顔をして、でもすぐ抱き返してくれる。放り出されたテディベアが恨めしげな目で天井を睨んでいた。


「寂しかったんだからね」
「おう」
「本なんか読んでないでかまってよ」
「おう」
「わたし、まだまだオコサマだけど、か、彼女、なんだから」
「わかってる」


晴れたら出掛けようなぁ、と背中をさすってくれるスクアーロは、やっぱりわたしとは比べものにならないほど大人だった。雨がはやく止むといい。行きたいところがたくさんあるの!


寂しさといとおしさをぐるぐるかきまぜて、さあのできあがり!


091101(酸素/こま)ちなさまへ!

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