「あーもう、まじめんど。王子さっさと帰りたいんだけど」


男の頭蓋骨にナイフを突き刺しながらベルが言った。抜いては刺し、刺しては抜き。意味のない悪趣味な遊びだ。暇つぶしならもっと金になることをすればいいのに。たとえば僕の作業を手伝うとか。謝礼金を払う気は毛頭ないけども。そもそも仕事をきちんとこなしているのは僕一人だというのに、報酬が同じとは些か、いやとてつもなく不満だ。


「おいマーモン、聞いてんのかよ」

「僕がきみの話を聞いているか確かめるより、どうすれば早く帰れるか考えた方が有意義だとは思わないのかい?たとえば僕の作業を手伝うとか」

「やんねーよ、だって俺王子だもん」


はあ。ため息をつく僕が任務の終わりを知らせると、ベルは待ってましたとばかりに男を投げ捨て、出口へと向かった。
僕はその手に血の滴るナイフが握られているのに気づく。


「そのナイフ、捨てないのかい?」
「あいつが怒るんだよ、自分の武器ムダにすんなって。奇襲かけられたらどうするのってさ。バッカだよなー王子ナイフなくても人殺せるのに」


口ではそう言って、律儀に真っ赤なナイフを持ち帰るんだから呆れたものだ。素直になればいいのに。


「おいクソチビ、さっさと歩けよ王子に踏まれたいわけ」


ああ、そういえば彼女はベルの子供っぽいところが可愛いと言っていた。残念ながらその意見には賛成できない。断言しよう、子供っぽくても、可愛くはない。





ボスに報告をし終え、談話室に向かう。ドアを開けるとベルが居た。どこかそわそわした態度にため息をつく。


「任務の報告くらい同席してほしいものだね」

「やだね、めんどいし」


これ以上ため息をつくのも癪なので、僕は素知らぬふりで話を変える。


「ああそうだベル、きみに手紙が届いてたよ」


思い出したように言うと、ベルはししっと笑った。


「なんでそれ先に言わないわけ、切り殺されたい?」

「ささやかな嫌がらせ、もしくは報復といった所かな」

「まじムカつくわー」

ししっ。再び笑った。彼の目元は見えないけども、金色の前髪に覆われたそこはきっと嬉しそうに細められているのだろう。僕は何も言わず白い封筒を差し出した。

ベルは僕の手から手紙を奪い取り、びりりと封筒を破き捨てた。ソファに身体を任せ脚を組むと、じいっと手紙を見つめる。


「彼女はなんて?」

「ディア私の王子様、日本の菓子がうますぎて太りそう、丸くなって帰って来ても嫌いにならないでね。お土産買って帰ります、楽しみにしててフロム愛しの恋人」

「…とりあえず元気そうだね」

「アホ丸出しー。つーか任務中に太るとかありえねーし、まじバカじゃねーのあいつ」


嫌いになるわけねーじゃん、最後に小さく本音を漏らす。本当に素直じゃないね。そして本当に可愛くない。
暫くして立ち上がったベルは、返事を書くと言い残し談話室を出て行った。


視線を落とすと、足元には先ほどベルが破き捨てた封筒が目についた。
無惨な姿の真っ白いそれを、僕は拾い上げる。彼は気づかない。そこには宛名も住所も、切手すら貼ってないことに。


かわいそうなベル。
きみの大好きな彼女はもういないのに。

彼女は死んでしまった。その身に余る重いおもい病のせいで。死期が近いことを悟った彼女は僕に何通もの手紙を託した。任務に行ったことにしましょう。わたしは死んでしまうのではなく、長い長い任務に行くのだと。だから彼には会えないのだと。そうね、日本がいいわ。わたしあそこがとても好きなの。お菓子なんて最高!


彼女が遠いとおい、東洋なんかより何万光年も遠い国に旅立ってから、僕はこうしてベルに手紙を渡し続けている。彼女が書いた「生きてる彼女の手紙」を届ける。ベルは心底嬉しそうに笑い、彼女の好きだった鼻歌を歌いながら返事を書く。そして僕に渡す。それは遠いとおい彼女の国まで届くことなく、僕の部屋に閉じ込められる。
重なってゆく彼の手紙、減ってゆく彼女の手紙。いつのまにか僕も信じ始めていた。彼女の遺した最後の手紙をベルに渡したとき、この不毛な行為に終わりが訪れたとき、まるで全部悪い夢だったかのように、きみが帰って来るのではないかと、


大海を知らない愚かでしあわせな蛙
ただいまみんな、お土産たくさん買ってきたよ!

090913

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