aph*ナターリア


ナタちゃんはわたしのだいすきなお友達だ。ずうっと昔から一緒にいた。ナタちゃんのとなりにはわたし、わたしのとなりにはナタちゃん。それはとってもすばらしいこと。わたしはナタちゃんがだいすきだから、ナタちゃんがごはんを食べたいと言ったらわたしはどんなむずかしいメニューだって頑張ってつくるし、ナタちゃんがブランコに乗りたいときはわたしが背中を押してあげる。わたしたちはいつも一緒だ。


ナタちゃんにはお兄さんがいる。イヴァンさんという、とても強くてかっこいい、ナタちゃんと同じ髪のいろをしたすてきなお兄さん。ナタちゃんはお兄さんがとても好き。お兄さんと結婚するのがナタちゃんのゆめ。だからナタちゃんがお兄さんと結婚するのがわたしのゆめ。ナタちゃんはわたしなんかとは比べものにならないくらいかわいいから、ウエディングドレスがとてもよく似合うにちがいない。そのときナタちゃんに1番映える黒いウエディングドレスをつくってあげるのが、わたしのおまけのゆめ。

ナタちゃんはお兄さんがいるとおしゃべりになる。わたしといるときのナタちゃんはそんなにしゃべらないから、わたしは少し寂しい。だからいつも少し離れたところで、ふたりの結婚式を思い浮かべている。かわいらしいレースのついた黒いウエディングドレス姿のナタちゃんと、真っ白なタキシードを着たイヴァンさん。1番後ろの席にわたし。そこが1番よく見える。


わたしがナタちゃんにあげる3時のおやつをつくっていると、ナタちゃんがキッチンに現れた。何焼いてるの と聞いてきたから、マフィンだよ と答える。ナタちゃんが好きなマーマレード。ナタちゃんはふうん そう と言うとどこかに行ってしまった。きっとイヴァンさんのところ。イヴァンさん呼んでくるのかな。3人で食べるのはきっと楽しい。ナタちゃんだっていつもより楽しそうに食べるにちがいない。けれどナタちゃんとふたりのおやつタイムが無くなってしまうのは、すこし残念。

しばらくして、ひとりのキッチンにはマーマレードの香ばしい香りでいっぱいになった。わたしはほんとうはチョコレートマフィンが好きなんだけれど、それは言わないしつくらない。マーマレードのマフィンをつくった方がナタちゃんはよろこぶからだ。


ナタちゃんが帰ってきた。お兄さんはいない。イヴァンさんのところに行ってきたの?と聞くとコクリと頷いて、マフィンをじいっと見つめている。イヴァンさんがいないのは残念、でもふたりでマフィンが食べれるのはうれしい。わたしが紅茶をカップに注いで、ちいさなお茶会が始まった。


「おいしい?」


「……」ナタちゃんはコクリとうなずく。それがうれしくってわたしはにまにましてしまう。おいしそうにマフィンをほおばるナタちゃんを見つめていると、ふと目があった。なにかいいたげに口をモゴモゴさせているナタちゃんにどうしたの?と聞いたら、ナタちゃんは何もいわずに視線をマフィンにうつした。なんでもなかったように食べつづける。なんだったんだろう と首をかしげつつ、わたしは紅茶をごくんと飲んだ。





その次の日の次の日。ナタちゃんはいつも通りお兄さんのところへ行っている。わたしはお屋敷のそうじをしなくちゃならないから一緒にはいけなかった。だから今日はお留守番。ナタちゃんがいないのはさみしいけれど、ナタちゃんが帰ってきたらぴかぴかの玄関で迎えてあげたいからわたしはがんばる。気合いをいれてやったせいか、お屋敷はいつもと見違えて見える。


「…あれ、?」


キッチンのテーブルに見慣れない小箱。かわいいパステルカラーの包装紙に包まれて、赤いリボンがむすんである。朝はなかったものだ。わたしのでないということはナタちゃんのもの ということ。こんなていねいにラッピングしてあるってことは、プレゼント つまりお兄さんへあげるものにちがいない。
いいなあ ナタちゃんのプレゼント。わたしも欲しいなぁ、なんてちょっと欲張ったことを考える。もちろんプレゼントなんかなくたってナタちゃんのこと大好きなんだけれど、でも、ちょっとだけイヴァンさんがうらやましい。


…って、そんなこと思ってる場合じゃなかった!

ここにこれがあるということは、ナタちゃんがお兄さんに渡すのに忘れてしまったということだ。せっかくのナタちゃんのプレゼント、渡し忘れるなんてもったいない。ナタちゃんだって悲しがるにきまってる!

わたしは掃除用のエプロンの大きなポケットに小箱を落として玄関から飛び出した。








「イ、イヴァンさん!」


大きなお屋敷の廊下を歩いている背中に声をかければ、やさしげな瞳がこっちを向いて丸くなる。


「きみは…ナターリアと一緒にいる、」
「はい、そ、そうなんです。えっと、そ…その…」


走ってきたせいでうまくしゃべれない。前屈みになって息を整えている間、イヴァンさんは背中をさすってくれる。やっぱりやさしい。


「大丈夫?」
「…っ、だいじょうぶ です。ありがとうございます」
「どういたしまして。それで、きみはどうしたの?」


わたしの目の高さまで屈んで、イヴァンさんが尋ねる。あわててポケットからもくてきのものを取り出した。


「これ!ナタちゃんが、イヴァンさんへのプレゼントだと思うんですけど、忘れてしまったみたいで…」
「きみが代わりに?」


がくがく頷くわたし。イヴァンさんはほんの少し首を傾げる。さらさらした銀色の髪が額をすべっていく。きれいだ。いまさらだけれど掃除用のエプロンくらい脱いでこればよかった。わたしみっともない。


「ねぇ、きみはナターリアの友達なの?」
「へ?」
「ナターリアは愛想がいいとはいえないだろう?ちゃんと友達できてるのかな?」


友達できてる って、なんだろう。微笑んでいるイヴァンさんがなにを言いたいのかわからなくて、わたしは言葉を返すことができなかった。
ああ…ごめんね、気にしないで。届けてくれてありがとう。そう言ったイヴァンさんがわたしの手から小箱を取ろうとしたとき、




「やめろ!!」




鋭い叫び。
わたしの後ろから現れたナタちゃんが、わたしの手の上から小箱をひったくる。とつぜんのことに反応しきれないわたし と、微笑みを崩さないイヴァンさん。


「な、ナタちゃん?」
「………」


どうしたんだろう。ナタちゃんはわたしをじっと睨みつけていたかと思うと、きゅっとかかとを鳴らして歩きだした。わたしも一歩遅れて追いかける。
ちらりと後ろを振りかえれば、イヴァンさんがちいさく手を降っていた。すこしだけあたまを下げて、また前を向きなおす。






「待って!ナタちゃん!」


ナタちゃんは歩くのがはやい。今日はとくべつはやかった。ナタちゃんは歩いているのに、走っているわたしとの距離はいっこうに縮まらない。息がはあはあと上がって、それでもナタちゃんの背中を追いかける。


「ナタちゃん…っ」
「……なんで」


とつぜんナタちゃんの足が止まった。いきおいづいたわたしはナタちゃんの背中に体当たりしてしまう。


「ご、ごめん」
「…なんで謝るの」
「え?」
「なんでお前が謝るんだ。なんで追いかけてくるんだ。なんでいつも私についてくるんだ。なんでいつも私の好きなものばかり作るんだ」


わたしに背中を向けたまま、ナタちゃんは一気にまくしたてた。溜まっていたものを吐きだすように。ナタちゃんの顔を見たいと思ったけれど、今は見てはいけない気がした。それはきっとナタちゃんを傷つけることなのだ。
だからわたしはナタちゃんの背中にそっと抱き着いてみる。細くて折れてしまいそう。けれどわたしにはとても力づよいもの。


「だってナタちゃんはともだちだもの」


ナタちゃんの肩がぴくりとうごいた。背中越しに「…友達?」とちいさな声。ああ、やっぱり顔がみたいなぁ。


「ともだちだから、一緒にいたいよ」
「……」
「わたし、ナタちゃんがすきじゃだめかな」
「……ったんだ」
「え?」「お前にやろうと思ったんだ。お前が、いつも、マーマレードのマフィンばかり焼くから。チョコレートのマフィンを」
「……じゃあ、あの箱は…わたしの…?」


こくん。ナタちゃんが頷く。
ナタちゃんが、わたしにマフィンをつくってくれた。わたしのすきなチョコレートマフィンを、わたしのだいすきなナタちゃんが、わたしのために!
うれしくてうれしくて、わたしは体中の血がすごいスピードでめぐりはじめた気がした。と同時にわたしはさああああっと血の気が引くのを感じた。だってわたしはそのマフィンを、イヴァンさんにわたしてしまったのだ。


「ご、ごめんなさい!ナタちゃんのプレゼント、てっきりお兄さんのものかと思って…」


わたしは泣きそうな気持ちで必死に謝る。振り返って、はあ…と深いためいきをつくナタちゃん。細くて白いナタちゃんの指が、さんざん走ったせいで乱れたわたしの髪を梳いた。きつい目尻からは想像もできないほど、それはそれはやさしい手つきで。


「もうどうでもいい」
「どうでもいくないよ!せっかくの、せっかくのナタちゃんからの…」
「いいんだ。泣くな」
「…じゃあナタちゃん、またつくってくれる?」
「いやだ。疲れた」
「そんなあ…」


うちひしがれたわたしを見て、くすりとナタちゃんがわらった。きれいでかわいいナタちゃんの笑顔。わたしのだいすきなもの。チョコレートマフィンよりずっとだいすきなもの。
…でもやっぱりナタちゃんのマフィンも食べたかったなあ。なんておもう欲ばりわたしは、世界のだれよりしあわせものにちがいない。



あなたとわたしとちょうちょむすび

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