靡く銀髪を目で追いかけながら歩く。歩くというよりは小走りといった方が正確で、私は少しだけ疲労感を覚え始めていた。かれこれ数十分歩き続けている。にも係わらず、黙々と長いコンパスを有効活用して進む目の前の男が恨めしい。


「…スクアーロ、」

「……」


返事がない。ただの屍のようだ。いや正確にいえば屍はスクアーロではなく、私とスクアーロの前後に転がっているマフィア共なのだが。
長い長い通路には、私達が作った死体があちこち無造作に捨ててある。一通り暴れたため敵のファミリーは全滅、無事任務完了の私達以外に生きた人間の気配はない。予定よりかなり早く終わったから、ボスにグラス投げられることはないだろう。こないだ灰皿投げられたからね、あれは痛かった。報告行くの5分遅れただけだってのに。


そんな諸々の事情(主にボス)には全く支障ないこの状況、唯一の問題点は目の前にあったりする。スクアーロだ。ヴァリアーの同僚そして私の彼氏。実は一緒の任務なんて久しぶり。ちょっと浮かれてた私とは真逆に、彼は一日中不機嫌さMAX。スクアーロが片付けた敵がいつも以上に無惨な姿になっているのがそれを裏付けていた。そもそも朝から全く会話していない。シカトを決め込んでいるらしく、肩を叩こうが名前を呼ぼうが振り向きさえしない。背中越しに滲み出ている怒ってるぞオーラ。さっきから怖いんですが鮫さん!

一体何をそんなに怒ってるの。私なにかした?記憶を辿ってみても思い当たる節なん……て…


「…スク?スクアーロ、あのさ…スクアーロの買ってきたケーキ、勝手に食べたの私だったり……ごめんね」

「……」


…だよね!!違うよね!こんなことでスクアーロ(22歳)が怒るわけないよ!いつもボスにもっと酷いことされてるもんね!たかがケーキでここまで荒れるスクアーロさんではありません、はい。じゃあ他の理由を考えましょー。再び思考はループ。
と、スクアーロが突然立ち止まった。どん。ベタに鼻をぶつける。


「…俺は、」

「はっはいぃ!」

「俺は、2個買ってきたはずだあ」

「…は?」


何を。聞き返そうとして口を噤む。美味しいケーキ。甘さ控え目で私好みの、有名なパティシエが作っていると評判の高級品。スクアーロの部屋の冷蔵庫に入ってて、ベルと見つけて、数は丁度良く……


「ベ、ベルと美味しくいただきましたっ!」


広い背中に向かって勢い良く頭を下げる。…下げてから気づく。え、本当にケーキ?ケーキ食べられたから怒ってるのこの22歳。そんなに好きだったっけ?いつも甘いもの苦手とか言ってなかった?だから大丈夫かなーって高を括って食べたのに。


「ごめん…そんなにスクアーロがケーキ楽しみにしてたなんて微塵も思わなくて…」

「…う゛お゛おおい…俺はケーキを食われたのを怒ってんじゃねえぞお」

「あ、そうなの?」

「んなことで怒るかあ!!」


ちょ、うるさい。安心したけど。じゃあ何が気に食わないのだろう。いつの間にか振り返っていたスクアーロが、機嫌悪そうな顔で見下ろしている。


「なんでわざわざ2個買ってきたと思う」


確かにそうだ。私がケーキを食べているとき、彼は隣でブラックコーヒーを飲む。いつものスタイル。それがあの時ばかりは2つあった。私は黙って聞く。


「ルッスーリアがなあ、女は好きな奴と同じモンを一緒に食いたい生き物なんだから、たまには付き合ってやれって言うからよお」


そういえば、そんなことをルッスーリアにこぼしたことがあった気がする。わざわざスクアーロをせっつくなんて、彼は本当に素敵なお姉さんだ。ちょっと間違ってるけど。


「えーと、じゃあ私とスクアーロの分だったの?」

「そういうことだあ」


それをお前、よりによって他の男と食べやがって!つまりそれってやきもちってことですか鮫さん。いい年した22歳が!可愛い彼女とケーキを食べられなかったくらいで!
拗ねたよう顔のスクアーロに思わずニヤニヤしてると、ぷいと前に向き直ってしまった。再び歩きだす。私も走る。今度は隣で。少しだけ速度が下がった。血まみれの鉄臭い通路の先から響くクラクション。部下が迎えに来たみたいだ。


「帰る前にケーキ買いにいこう!」

「このままかあ?血ついてんぞお」

「構わない構わない!」


気の乗らない顔をしても、どこか嬉しそうな声。
ああこの人素直じゃないなあ可愛いなあ、やっぱり大好きだ。ケーキ勝手に食べてごめんね、帰ったら二人で食べよう。ルッスーリアにもお礼言って、ボスに報告書出すのは後回しでいいや。時間はまだまだある。









の愛はケーキのように甘い



090822

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