inzm*不動明王


不動明王という人間のこと わたしにはよくわからない。
窓際から2列目、1番後ろの席で先生の板書をノートに書き写していく。ちらりと隣を見ると、不動明王は教科書を開いたまま窓の外を見ていた。窓際から1列目、1番後ろの席。その向こうからは賑やかな声が聞こえてくる。どこかのクラスがグラウンドで体育をやっているらしい。ワーワー 遠くから届く歓声はわたしの脳まで染みこんで、窓から差し込む日光がそれを心地好く揺らす。眠くなってきた。そういえば体育、何してるんだろう。パスパス、なんて聞こえるからドッジボールとか?隣の席の不動明王はすでに正面に向き直っていて、つまらなそうにシャープペンを指で回している。上手い、ペン回し。いつのまに増えていた黒板の文字に気づいて、あわててわたしもシャープペンを握った。




休み時間、友人が教科書を借りに来た。ジャージ姿で暑そうに汗を拭っている。


「さっき校庭で体育やってたの、そっちのクラス?」
「うん。サッカーやっててさ、メチャクチャ疲れた」


やんなっちゃうよね、運動部ばっかりはりきっちゃって。ぼやく彼女は文化部の運動嫌い わたしと同類である。サッカー か。そういえば不動明王はサッカー部だったっけ。曖昧に返事をして振り返れば、不動は机に突っ伏して寝ていた。



運がないというかタイミングが悪いというか、困った事態になった。突然の授業変更、しかも社会 さっき友人に貸してしまったのに。ちら、隣では不動がめんどくさそうに教科書を引っ張り出しているところだった。しょうがない。


「不動、教科書見せてほしいんだけど…いい?」


不動がこっちを見た。睨みつけているのかと思うくらい目つきが悪い。というか睨まれてるのか、これは。わたしがビビって固まっていると、ずず と音をたててふたつの机がくっついた。不動が自分の机をわたしのにくっつけたのだ。睨んではいなかったらしい。わたしが貸してもらう側なのになんだか申し訳ないことをした。


「あ、ありがと」
「他人に貸すからこうなるんだよ」
「え?」
「お人よし」


それだけ言って不動はノートを広げた。…わたしが教科書貸したの、気づいてたんだ。寝てたのに。そう思うとなんだか緊張してきた。今までにないほど近い距離。集中できずに何度も消しゴムをかけるわたしの横で、当の不動は涼しい顔でノートを書き込んでいた。




体育は2クラス合同でやることになっている。予想通りグラウンドに出たわたしたちはそれぞれ4チームに分かれてサッカーをやることになった。てっきり男女別にやるのかと思っていたけど違うらしい。たしかに、うちのサッカー部には女子の部員もいるし。
肩を叩かれて振り向くと、まさにその1人である小鳥遊さんが立っていた。


「アンタ何チームだった?」
「わたし赤。小鳥遊さんは?」
「青。なんだ、違うのね」
「えーっ残念。小鳥遊さんいたら心強いのに」
「敵となったら手加減はしないから。ま、心配しなくても平気じゃないの?そっちには不動がいるし」


え。小鳥遊さんが指さした先には、わたしと同じ赤のゼッケンをつけた不動明王。不動って強いの?と聞けば呆れた顔をされる。どうやらわかりきった質問だったらしい。そんな顔されたって、わたしは不動明王のことを全然知らないんだから。と、不動がこっちを向いた。小鳥遊さんがそれに気づいて即座に中指を立てる。ちょ、下品だよ小鳥遊さん!とわたしが言う前に不動はすかさず親指を真下に向けた。小学生か。



試合が始まった。走りだすのは運動部連中ばかりで、わたし含め文化部のメンバーはのんびり動くかつっ立ったままである。中学の体育なんてこんなものだ。先生がチェックしているから仕方なく小走りでボールを追いかける。
フと、目の前を影がよぎった。すごい速さでボールを取り合って団子状態になっている中に飛び込んでいく。高く蹴り上げられたボールをジャンプ、ヘディングするのは、不動明王だ。わたしは目を見開いていた。サッカーなんて全然知らないわたしでもわかる。すごい。絡み付いてくる敵チームを楽々とかわし、不動はあっという間にゴール前まで来ていた。このままシュート、だ。誰もがそう思ったであろう状況で、不動が蹴ったボールは後ろに転がった。バックパスだ。コロコロ、コツン わたしのスニーカーにぶつかってボールが動きを止めた。えっ?


「行け!」


不動が叫んだ。ハッとして顔を上げると不動の鋭い目がわたしを見ていた。どうしよう、なんて考える間もなくわたしは思いっきり足を振り上げる。下ろす瞬間、不動が笑った気がした。




「見事なすかしっぷりだったな。感動しちまったぜ」


今不動は笑っている。フィールドの外側で体育座りをするわたしを見下ろして。わたしの視線の先にはドリブルで駆け上がってゆく小鳥遊さん。カッコイイなあ。動いているボールをどうしてあんなに蹴れるんだろう。
我ながらすばらしい尻もちだったと思う。振り下ろした足はボールには当たらず、グラウンドの硬さを身をもって実感したわたしはみんなの大爆笑をいただくという大変ありがたい目にあった。それもこれもわたしにパスを出した不動のせいだ。とんだ八つ当たりである。


「不動、なんでわたしにパスしたの?あのままシュートすればよかったのに」


わたしの質問に不動はキョトンとした。あ、そういう顔はかわいいのね。もちろん口には出さない。


「女子がシュート決めたら2点って教師が言ってただろ。聞いてなかったのかよ」
「え、そうなの!?」


知らなかった…。不動がまた笑う。こんなに笑う奴だったなんて知らなかった。馬鹿にされているとはいえ、不動の笑った顔はなんとなく好きだなと思った。




赤チームは全勝、点はすべて不動のシュートによるものだった。さすがサッカー部キャプテン。キャプテンだということ、小鳥遊さんに聞いて今日初めて知った。先輩をはじめ教師すら恐れる不良の不動が部活をまとめている様子は想像もつかない。でもたしかにサッカーしてる不動はすごかった。不良といっても授業はちゃんと受けてるし、教科書見せてくれたり、面白いとちゃんと笑う。意外とフツーの男の子なのかもしれない。態度と顔つきがすこぶる悪いだけで。


「今日の不動すごかったよねー」


更衣室、側にいた女子が甲高い声で話している。うんうん、まあサッカー部だもんね、似合わないよね なんて、不動のことなんにも知らないくせに。わたしもだけど。
そこでフと気づいた。あのとき、不動がわたしにパスを出したとき、あの子たちはゴールの近くにいた。同じクラスのバレー部やテニス部のグループ。体育も頑張るグループだ。あの子たちにボールを渡せばきっとシュートできただろう。後ろにいるわたしにパスするより……後ろ?そういえば、不動はなんでわたしが後ろにいることを知ってたんだろう?わたしがどこにいるのかちゃんと把握してパスしてたのか。でも、なんで。
「他人に貸すからこうなるんだよ、お人よし」



不動明王。まだまだわからないことばかりだけど、これからはもっと知っていけるかもしれない。



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