今日はバレンタイン。目の前には元親くん。わたしの手にはかわいくラッピングされたチョコレート。

ふつうなら地味でパッとしないその辺にいる女の子のわたしがビジュアルに性格を含め乱暴者の不良で名高い元親くんに、秘めた想いをチョコレートに託して手渡しているところに見えるだろう。けれどそれはふつうならの話だ。わたしたちはふつうとはすこしちがっていた。


「…これ。作ってみたんだけどよ」
「チョコレート?」
「ああ。トリュフにしてみた」


元親くんはそのビジュアルに性格を含め乱暴者の不良と名高い男の子だけど、かわいいものが好き。ぬいぐるみを作ったりお菓子づくりをしたり雑貨屋さんで小物を見ると作りたくなってしまう生産的な趣味をもったかわいいもの好きな男の子だ。そのことを知っているのは彼の友達のごくわずか(幼なじみの毛利くんとか親友の伊達くん、うっかりばれた猿飛くん(しかし猿飛くんもお菓子づくりが好きだったのでふたりは同盟を組んだ))、そしてわたし。


なぜわたしみたいな地味でパッとしないその辺にいる女の子が元親くんのトップシークレットを知っているかというと、時は一年前のバレンタインデーまで遡る。

そのときわたしには好きな人が居て、秘めた想いをチョコレートに託そうと慣れないお菓子づくりを必死に頑張っていた。みんなからモテるあの人が好きだっていってたトリュフを、何度も何度も失敗しながら作った。
バレンタインデー当日、クラスメートの女の子たちがあの人に渡すチョコレートはかわいいかわいいラッピングに包まれて、中身も素敵なものばかりだった。わたしの手の中にはみっともないトリュフみたいなものとそれをにごまかすためのラッピング。無性に恥ずかしくて、大事なのは気持ちだなんて思えなくて、わたしは泣きながらそれを公園のごみ箱に捨てた。


かわいそうなそれを拾い上げて、みっともない泣きっ面のわたしにおずおずと差し出したのが元親くんだった。


鼻を啜りながら首を横に振ったわたしを困った顔で見下ろして、元親くんはわたしの隣のベンチに腰を下ろす。「あー、アレか、失恋か?」

直球だ。

「でもよ、せっかく作ったなら、渡すくらいいいんじゃねぇの?」
「……」
「受けとってもらえなかったなら、その男の器量が狭かったってことだろ」
「……った」
「あ?」
「渡さなかった、の」
「なんで」
「みっともない、から。わたし、お菓子とか、作ったことなくて。…お、女の子、なのに」


元親くんは黙ってこっちを見ていた。すん、とわたしが鼻を啜る音ばかりが響く。
すこしして、沈黙を破ったのは元親くんの方だった。


「……なら、今から頑張れよ。頑張って、来年リベンジしてみろよ」
「……?」
「俺が教えてやる」



それからわたしは、たびたび元親くんからお菓子づくりのレッスンを受けるようになった。

いつも授業をサボって喧嘩してる元親くんと、いつも授業で発言するわけでもなくぼんやりとノートをとっているわたし。元親くんからメールが来た日曜日は、エプロンを持って元親くんのアパートの台所でレッスンが始まる。味見をするのは隣の部屋の毛利くんで、いつも辛口の感想をくれる。それに怒った元親くんと毛利くんが喧嘩を始め、わたしはいつのまにか乱入してきた伊達くんとおしゃべりする。ときどき猿飛くんが手伝ってくれたりする。

今まで関わろうともしなかった人達、遠ざけていた世界の中心にわたしがいる。不思議と彼らを怖いとは思わなかったし、彼らと過ごす時間がわたしは大好きになっていた。自分からお菓子の雑誌を買って、作れそうなものを見つけると元親くんにメールを送るようになった。


「バレンタインってよ、不平等だと思わねぇ?」
「どうして?」
「女は好きな奴にチョコ渡して、上手く行けばそいつと付き合うわけだろ。その女のことが好きな男はどうすりゃいいんだ?好きな奴が告白するのを黙って見てるしかねぇのか?」
「…うーん…そう考えるとたしかにズルいかも」
「だろ?」
「そういえば、ヨーロッパの国だと男の人が好きな女の人に花をプレゼントするところもあるんだって」
「マジかよ!…俺もヨーロッパ行くか…」


やけに真剣な顔の元親くんを見て、元親くんにも好きな人いるんだろうかと思った。

「ま、お前もかなり上達したし、あとは自分で作れるだろ」
「うん。ギリギリまでありがとう」
「構わねぇよ」


今までありがとうとは言わなかった。言ったらこの関係が終わってしまう気がした。元親くんはいつもみたいに笑っていた。


元親くんとの出会いから、一年が過ぎようとしている。





放課後のチャイムが鳴る。途端に女の子たちが騒ぎ出して、色とりどりの箱を手に持ち走ってゆく。これからそれぞれの想う人のところへ行くんだろう。恋する女の子はみんなきらきら光っている。
わたしはどうだろう。去年みたいにくすんでいないだろうか。きらきらしているだろうか。ゆっくりと席を立ち、教室を出た。


「なまえ!!!」
「!?」


聞き慣れた大きな声。元親くんがずんずん廊下を歩いてきて、わたしの手を掴んだ。周りの視線がいっせいに集まる。わたしが口を開こうとする前に、元親くんは大股で歩きだした。


「も、もとちかくん、」
「俺、やっぱ納得出来ねぇよ。何でここがヨーロッパじゃねぇってだけで、自分の気持ち抑えてなきゃなんねぇんだ?」
「……」


元親くんは怒っているのか悲しんでいるのかわからない横顔をしていた。悔しがっているようにも見えた。
「これ、作ってみたんだけどよ」
「…チョコレート?」
「ああ。トリュフにしてみた」


人気のない音楽室の前で手渡されたのは、元親くんのビジュアルには似合わないかわいらしいラッピングの箱。トリュフ、という言葉に、わたしは思わず肩に力を入れた。


「これからあいつに渡すんだろ?どうしても悔しいから先に渡しちまえって思った」
「元親くん…」
「お前が一番頑張ってた姿見てたのは俺だっつーのにな」


元親くんがかっこいい顔を歪めて笑った。苦しそうな笑顔だった。それを見上げるわたしの胸も苦しくなって、熱くなって、気づいたら喋りだしていた。


「…ないよ」
「あ?」
「作ってない。昨日、チョコ、作ってないの」
「…なんで…」
「作ろうとしたけどぜんぜんだめだった。元親くんが居ないと上手く作れないの」


元親くんが隣でアドバイスして上手いぞって褒めてくれて、毛利くんがまずいって言いながら最後まで食べてくれて、伊達くんと猿飛くんが一緒に笑ってないと、わたしはつまらないのだ。どんなにおいしいお菓子だって、一人で作って一人で食べてもおいしくない。それじゃあ意味がない。

「それで…あげられないから、代わりに、これ」


淡いピンクの袋から取り出したそれを、元親くんに差し出す。たった一輪だけのバラを受けとった元親くんは、ぽかんと口を開けた。


「……逆だろ」
「うん、逆だね」
「いいのかよ」
「元親くんこそいいの?」


お菓子も作れない女の子だけど、と笑ったわたしを、元親くんがぎゅうっと抱きしめた。


「俺が教えてやる」




アンチ・チョコレイトデイズ

090211

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