一ヶ月二ヶ月会えないなんて日常茶飯事。3日に1度のメールだって、返ってこないこともよくある。大人なんだから、忙しい人なんだから仕方ない。あたしとは生きる世界がまるでちがうこと、ちゃんとわかってる。電波だけでも繋がっていられるなら、それは十分幸せなことなんだ。
そう思えたらいいのに、子供で暇での欲張りなあたしは恋人不足で絶賛季節外れの五月病患者。いや、原因がわかってるんだから五月病とは言えないか。だったらスクアーロ依存症の末期患者。うん、まさにそれなのだ。最後にスクアーロに会ったのは3ヶ月と3週間前の日曜日。最長記録をリアルタイムで更新中。

会いたい。すっごく、会いたい。でもそんなの本人に言えるはずないし、言ったところでスクアーロの仕事が片付くわけじゃない。会いに行けるなら今すぐ飛んでいくのに。
あたしは頬杖をついて、見上げる空から遠い彼の国に想いを馳せるばかりの毎日。突っ走るのは気持ちだけ。怪我してないかな、風邪引いてないかな、浮気してないかな。会いたいなあ。
はあ…と大きくついたため息は、怒りっぽいことで有名な数学教師の眉間のシワを盛大に増やすこととなった。


「みょうじ!そんなに何度もため息をつくほど俺の授業は退屈かッ!」


イタリアとは程遠い教室で、あたしはただ謝るしかない。




もっと普通の恋をしてたらよかったのかなあ。そう思うときがある。友達の恋愛相談とか、恋人繋ぎで歩くカップルとか、あたしはどうしようもなく憧れてしまう。どうしたってスクアーロと一緒に登下校なんて不可能なんだけど。

だからあたしはこの日がきらいになった。小さい頃は大好きだったクリスマス、今はもう苦痛でしかない。いつもの何倍もキレイに着飾った街が、幸せそうなカップルが、ぜんぶぜんぶ苦しい。世界が幸せな日に、あたしはひとりぼっちだ。
今日ばかりは寄り道もせず真っすぐ家に帰る。ケーキ屋なんか寄ったりしたらそれこそ大ダメージ。調理実習で作ったチョコマフィンを頬張りながら暗い道路を歩く。人通りも電灯もないブキミな裏通りは、わざと選んだとはいえ怖じけづいてしまう。でもいつもの商店街を歩くのは気が引ける。ライトアップなんて誰が考え出したんだ。なかば八つ当たりしながら凍りつきそうな足を必死に動かす。帰ったらこたつに潜ろう。今日はお母さん忘年会で泊まりだから夕飯作らなきゃ。…面倒だから、マフィン食べて終わりにしよう。あとふたつ残ってるし。
そういえばスクアーロ、前あたしの料理食べたがってたっけ。まあ、来ない人にはあげられませんけど。どうせスクアーロはあたしがマフィンを焼いたことも、それをひとりぼっちで食べることも知らないんだ。暗い夜道をひとりぼっちで歩いてることも知らないんだ。…しょうがないって、わかってるけど!

「ばーか」吐き出した息が白い。「スクアーロのバーカ。バカアーロ」あーもー、なんでこんな惨めなクリスマス過ごさなきゃならないんだろ。サンタクロースがいい子にプレゼント配るなら、あたしはどれだけ悪いことしちゃったんだろう。
「何落ち込んでるわけ?」「サンタさんがプレゼントくれないんだよ…」「は?お前バカじゃね?」

顔を上げると、ティアラを乗っけた金髪サンタクロースが大きな袋を抱えていた。「ししっサンタ、来たんだけど」。



「…え、え、何それ。コスプレ?」
「は?サンタが赤い服着てんのは当たり前じゃん」
「え、サンタのコスプレ?」
「だーから、俺サンタだから。これありのままだし」
「王子じゃなかったの?」
「王子だけどサンタなの。お前まじ頭わりー」


あくまでサンタクロースでいたいらしいティアラのプリンスは、散々あたしをコケにするとよいしょと肩の荷物を下ろす。年寄り臭い掛け声だけはサンタっぽいかもしれない。でも本物のサンタがこんな口悪かったら嫌だな。だいたい、サンタっていうよりサタンだし。


「ていうかベル、仕事は?」
「これが仕事なんだよ、ししっ。仕事っつーかアルバイト?王子が、じゃねーやサンタがわざわざ雇われてやったんだから、来年は俺のパシリな。セーンパイ」

「えっちょ、ベル「う゛お゛おい!誰が誰のパシリだぁ!」


え、え。袋からもぞもぞ這い出てきたのは背の高い男性で、気のせいかものすごく見覚えがある。長い銀髪におっかない目つき。見慣れないのはブラックのスーツにダークグリーンのネクタイを、やたらかっこよく着こなしているところだろうか。なにこれすごいカッコイイ。そう思う間もなく、スクアーロの姿は歪んでぼやけていく。


「なっお前、泣いて…!」「あーあ、スクアーロ泣かせてんじゃん。サイッテー」
「てめぇは黙ってろぉ!」


駆け寄るスクアーロがこぼれ落ちた涙をぬぐう。せっかくのスーツにシミがつくのが見えた。視線を上げると、眉をハの字にして焦ってるスクアーロ。
いい気味だ。もっともっと困ればいい。スクアーロを困らせられるのは、世界であたしだけなんだから。


「メリークリスマス、スクアーロ」
「…メリークリスマス」
「久しぶりだね」
「ああ」
「忙しいんでしょ、わざわざ来なくてもよかったのに」
「……」


スクアーロは答えない。あたしがもう一度口を開きかけたとき、身体が突然宙に浮いた。


「ぎゃっ!スクアーロ!」
「色気ねぇ悲鳴だぜぇ」
「う、うるさい!」


揺れる銀色の向こう側に、ニヤニヤしたベルの顔があった。口をパクパクさせている。『ま、頑張れよ』……って、ちょっと!と叫ぶ前に、金髪のサンタクロースはメリークリスマスの言葉と共に立ち去ってしまった。

残るはスクアーロと、俵担ぎ状態のあたし。
これじゃどっちがプレゼントなんだか分からない。しかもこの、なんていうか、密着具合が危ない。近い近い近い!近すぎる!目の前のサラサラした髪から良い香りがするしチラッと見えるうなじが色っぽいし、横顔とか睫毛とかとにかくけしからん!


「ねぇ、降ろしてよ」
「降ろしたら逃げるだろぉ」
「あたしはペットか!」


会いたくて会いたくて堪らなかったはずなのに、今のあたしはスクアーロの顔を直視できない。久しぶりに会ったスクアーロは余裕そうで、いつも通りで、あたしばかり振り回される。


「…泣くなぁ」
「だ、だって、いつもいつもあたしばっかり会い、会いたくて、あたしばっかり好きで、ば ばかみたい」


しゃくり上げるあたしを抱きしめたまま、スクアーロは暗い夜道を歩きだす。吐き出した白い熱が、夜の闇に溶けて消えた。


「お前、バカだろぉ」
「それ、ベルにも言われた」
「お前ばっかりなわけねぇだろぉ。俺だって…」


言葉がふと途切れた。視線をずらすと、スクアーロの耳が真っ赤に染まっている。寒いのかな。でもきっと、これは。

「俺だって…何?」
「………言わねぇ」
「教えてよ、あたし聞きたい」
「てめぇは黙って運ばれてろぉ!」


顔まで真っ赤のスクアーロ。もしかしたら、スクアーロも余裕なかったのかな。そう思ったら涙も止まって、スーツ姿の彼が無性に愛しくなった。


「ねぇ、どこ行くの?」
「まだ夕飯食ってねぇだろ。予約してたレストラン行くぞぉ」
「やった、三ツ星!」
「この辺にねぇだろうが。…あ」
「どうしたの?」
「………ケーキ買ってねぇ」
「………マフィンなら、ありますけど」



う、

世界に夜が降る


ちなみに一連の流れを考えたのはルッス姉さんだったらしい。メリークリスマス、姉さん!


091225

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