「いやあ〜スクアーロしばらく見ないうちに男前になったね〜」


へらへらとわらうこの女が俺は昔から苦手だ。剣でも口でも俺はこいつに勝てたためしがない。俺が剣帝を名乗ったときに初めて膝をつかせた訳だが、あの時だって手加減しているのは明らかだった。

どうしてそんなに強いのか。死の縁に常に身を置けば、嫌でも強くなれるとこいつは繰り返し言った。ボンゴレの中でも特に危険な任務ばかり引き受けていたこいつが今もこうして生きているのが不思議である。


「フランスはどうだぁ?」
「サイッコー!ごはんおいしいし、賑やかだし、街も空気もきれいだし。たくさんアートがあるしね」
「…アンタ、アートなんて興味あったのかぁ?」


なまえはからからと笑い、小さい頃は絵かきになりたかったのだと話した。聞いたことのない話だった。そりゃそうだ、俺はこいつと剣の話しかしたことがない。「とりあえず、歩こうよ」





なまえが案内するのはどこも、現地の人間しか知らないような、いや、現地の人間すら知らないような穴場だ。裏通りの小さなパン屋だとか、ジェラートだとか、猫のたまり場なんてのもあるから呆れたものだ。フランス長期出張なんて名目ですっかり馴染んでやがる。7年も暮らせば誰しもそうなるものかも知れないが。
晴れたパリの街を歩くなまえはやけに眩しくて、俺は知らない人間を見ている気分になる。7年前まで俺に剣を叩き込み、7年前ようやく想いを告げた女はこいつだっただろうか?


「スクアーロ、あそこのクレープ食べたい!すっごいおいしいんだよー」
「…アンタ、さっきから食ってばっかだぜぇ。太るぞぉ」
「おだまり!人が気にしてることを…」


額をべちんと叩かれた。爪先立ちで怒る様子が不覚にも可愛いとか思ってしまったので、ため息をついて財布を取り出した。隣で歓声が上がる。こいつ、そんなに甘いモン好きだったかあ?


「どれがいいんだぁ?」
「チョコとストロベリーのやつ。スクアーロは?」
「俺はいらねぇ」
「えー?じゃあキャラメルにしてよ。半分こしよう」
「…それ、アンタがふたつ食いてぇだけだろぉ」
「ソンナマサカー」


結果俺の手にはクソ甘いキャラメルソースのクレープが収まった。とてもじゃないが食えねぇ……鼻が溶けそうなので隣にパスすると、
「仕方ないなー。じゃあ食べてあげる!」
結局どっちも食うんじゃねぇかぁ!


「向こうに広場あるから休もっか」
「買い物しねぇのかぁ?」


てっきりこのあととんでもない量の荷物を持たされると思っていたから、ほっと胸を撫で下ろす。


「買い物は明日するの。買い溜めするから覚悟しといてね〜」
「………」



休日の広場は人気で溢れていた。ガキが楽しそうに走り回り、犬が追いかけ、絵かきそれをキャンバスに写してゆく。小鳥のさえずりに合わせてどこからか歌声が聞こえる。コーラス隊だろうか。午後の陽が降り注ぐその一角は、俺にはたいそう縁のない、幸福と慈愛に満ちた場所だ。
俺達は微笑み合うカップルからひとつふたつ距離をおいて、噴水の縁に腰掛けた。


「はー、つかれたあー」


大きく身体を伸ばすなまえの顔は晴れ晴れとしている。昔のこいつからは想像も出来ない笑みに、俺は何となく視線をずらす。


「食って歩いただけだろぉ。フランスに来て老化が進んだんじゃねぇかぁ?」
「そうかもねぇ。私ももう年だし。あはは」


否定されると思って発した言葉はすんなりと受け止められてしまった。へらへらした顔には、微かに疲れが見えるような気もする。昔のなまえはどんな時も飄々としていたというのに。


「でもさあ、良かったよ」
「?何が」
「だってスクアーロとデートしたの、初めてだもん」
「………」

「やっと告白されたと思ったらさー、一ヶ月しないうちに"日本の中学生に負けたので修行し直します、強くなるまで会いません"だもんね」
「だからそれは悪かったって…」
「毎日パリジャンに口説かれながら浮気のひとつもしなかった私に感謝しなさい」
「……ドウモアリガトウゴザイマシタ」


とうとうふたつめも食べ終えたなまえがふう、と一息つく。パリの小さな広場にはやわらかい陽射しとあたたかい春の風が吹く。こんな街に居ては、こいつのトゲが削げるのも頷けるかもしれない。隣のシルエットが小さすぎて不安になるのは、なまえが年をとったからか、俺が育ちすぎたからか。


「…この街にずっと住んでるとさ、なんか、もういいかなって思えてくるんだよね」


ぽつりと、遠くを見つめてなまえが話し出す。


「殺し合うのも、強くなるのも、もうつまんないっていうか。私たくさん殺してきたし、もう十分かなって」


「……引退するつもりかぁ?」
「ここでひっそり絵でも描きながら余生を過ごすのもステキじゃない?」


それはつまり、イエスという意味だ。なまえの髪がふわふわと揺れている。気持ち良さそうに目を伏せた。
俺は目を細めてなまえを見つめる。言うべきことは、7年前のあの日から俺の中にあった。


「…じゃあ、寿退社ってことにしとけぇ」


なまえが黒い瞳を大きく見開く。


「…いいの?」
「アンタの絵、見てみてぇしなぁ」
「あまりの上手さに気絶しちゃうかもよ?」


上等だと笑い飛ばした俺の肩に、小さな頭が乗っけられた。これからは剣ではなく、もっとたくさんの幸せな話をしよう。知らなかったなまえはこれから知っていけばいい。俺は心のなかでもひそかに誓った。

老いた絵かきも駆け回る子供も甘いキャラメルの香りも、すべては俺たちのためにあったのだろう


100125
(一万五千リク/佐々さま)

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