終わらない補習プリントにそろそろ涙のシミがつきそうになったころ、教室の扉ががらっと開いた。驚いた顔で入って来たのはなまえ。俺の数少ない女子友達。


「どうしたの?」

「ペンケース忘れちゃってさー。沢田こそなにしてんの?」

「終わらない補修に泣きそうになってる」

「あはは、そんなこったろうと思った」

「ひどっ!」


がたがた机を揺らしながらペンケースをさがすなまえ。なかなか見つからないのか、あれ?とかうん?とかこぼしている。俺がプリントに視線を戻そうとすると、視界の端にピンクのかたまり。たぶん掃除のときに転げ落ちたんだろう。足元のペンケースに屈んで手を伸ばし…やめた。別に嫌がらせとかじゃない。びっくりして…いや、いやいやいや、違うんだ、きっとあれはなまえのじゃないんだ!たしかになまえとあのヒバリさんは付き合っている。けどまさか、あのヒバリさんがなまえとツーショットでプリクラ撮ってるわけないじゃないか!しかも恋人つなぎで!
だからきっとあれはヒバリさんのファンの子がうまく写真と合成して作ったプリクラもどきなんだ。そうだそう信じよう!


「あ、そこにあったんだ」


…という俺の希望的観測はあっさり打ち破かれた。まあわかってた、わかってたけどさ…。もう一度手を伸ばしペンケースを掴む。なんだか恐れ多くてプリクラに触らないようになまえに手渡した。


「よかったあ、せっかくヒバリさんと撮ったプリクラなくすところだったよ!ありがと沢田!」

「う、うん…あ、あのさなまえ…なまえってさあ…ヒバリさんのどこが好きなの?」

「えー…なに、突然。そうだなあ、強くてカッコよくて、ツンデレなとこ?」

「つ、ツンデレ!?ヒバリさんがツンデレ!?」


ずっと聞いてみたかったことを口にすると信じられない答えが返ってきた。あの理不尽さはツンの領域を逸脱しているしデレにいたっては存在しないだろ!思わず声が裏返った俺になまえがそんなことないよ雲雀さんめっちゃツンデレだよ!と抗議する。
いやいや、なまえおかしいよとちょっとした言い争いに発展しかけていると、さっきなまえが開けたドアが再び開いた。入って来たのはお約束というかなんというか無表情のヒバリさん。条件反射でひゃああと変な声が出るのはもう仕方ないけど、なまえを目にしたヒバリさんが少し口元を緩めた気がしたのはやっぱり絶対見間違いだと信じよう。


「あっ雲雀さん!」

「なんだ、きみまだ居たの。なかなか応接室に来ないからとっくに帰ったのかと思ったよ」

「やだなあ私が雲雀さんを置いて帰るわけないじゃないですか!」


おおげさなアプローチをフン、と一蹴されてもなまえはにこにこ笑っている。すごいなこの子色んな意味で。感心しているとなまえが目を悪戯っぽく輝かせて俺の耳に囁いた。


「うたぐり深い沢田のために、この私が雲雀さんがツンデレって証明してみせよう!」

「はあ!?」


なまえはまあ見てなさいというようにウインクして立ち上がる。むっつり顔のヒバリさんににこにこ笑いかけて問い掛けた。


「雲雀さん雲雀さん、今から私が言うことに全部“いいえ“で答えてください!」


「(ええええええええええなにいってんのこの子!!!)」

「は?なんで僕がそんな」

「では!あなたは女です」

「…いいえ」

「(ちゃんと答えてるー!)」

「あなたはアメリカ人です」

「いいえ」

「あなたは人混みが大好きです」

「いいえ」

「あなたは沢田が大好きです」

「(えええまさかの質問ー!!)」

「いいえ」

「(即答!?わかってたけどね!)」

「では最後に…あなたはみょうじなまえが嫌いです!」


「なんでそうなるの」




「…はいデレキター!!」

「え!?今の!?今のデレ!?」

「何言ってんだよ沢田あー、デレに決まってるじゃないかー」

「どんだけ微々たるものなんだよ!微かすぎて見えないから!」


あれっぽっちのリアクションで幸せそうにしてるなまえがなんかかわいそうに見えてくる。まあそうだよね、ヒバリさんと付き合うならこのくらいの図太さが必要だよね。さっきのプリクラだってどれだけねだって撮ったことか、想像に難くない。誰かこの子に普通の恋愛を教えてあげてほしい。かわいそうすぎるよ。


「…君たち、僕の前で群れないでくれる?」

「ぎゃあああすみません!トンファー構えないでえええ」

「もーヤキモチ焼いちゃって可愛いなあ雲雀さんたら!」

「ヤキモチ!?あれが!?」

「雲雀さーん、睨まなくても私は一生雲雀さん一筋なので大丈夫ですよ!」



「…フン、当たり前でしょ。くだらないことしてないで帰るよ」

「はーい!」

「(あ、なるほど。)」


今のがデレか。でも案外、結構なまえも愛されてるのかもしれない、俺に理解できないだけで。あのヒバリさんの愛を理解できるのはたぶんなまえだけなんだろう。そしてきっとこのカップルの世界を理解できるのはこのふたりだけなんだろう。理解したところでこのバカップル殴っていいだろうか。俺の補習プリントはいまだ真っ白だ。今日の夕ご飯は何だろうなあ。




恋愛観なんて人それぞれ
そして幸福であれ!


091104
くだらないはなし