「さむい。」


任務から帰ってきて真っ先に会いに行ったというのに、真っ先に言われるのがこの一言ってなんだ。

そうか寒いのか。
そりゃあ大変だな。ところでお前、おかえりって言葉知ってるかぁ?


「さ む い」


…会話にならねえ。確かに最近冷えてきた。だがそれが恋人におかえりすら言わない理由になるのか。答えは言うまでもねえ。否だ。(あ、言っちまった)


「部屋あっためて寝てればいいだろぉ。どうせ任務もなくて暇なんだろうからよお」


ようやく発した言葉がイライラした口調になったのは、実際俺がイライラしてるからだ。
寒いのはこっちだ!この寒空の中任務こなしてきたんだぞぉ!帰ってきたらいたわるのが彼女の役目ってやつじゃねえのか。それがぬくぬくと毛布にくるまりながら「さむい」の一点張り。いくらなんでも酷だろう。

「俺はお前の暖房器具でもセンサー付きのリモコンでもねえからなぁ、寒けりゃ自分でスイッチ入れろ!」

尚も動かないなまえにどっかの袋の緒が切れた俺は、そう吐き捨てて部屋のドアを乱暴に閉めた。中からは何も聞こえてこない。どうしようもなく腹が立った。





「…で、喧嘩してきちゃったのねえ…」

「俺は悪くねえ!」
「一ヶ月ぶりに帰って早速喧嘩なんて、君って本当忙しいよね」


マーモンの言い方は癪に障るが、俺の最も不満な点はそこにあった。
そう、一ヶ月ぶりなのだ。


「なのにさむいはねえだろ、さむいは!俺が知るか!」
「まあまあ、落ち着きなさいよ。スクアーロの言い分はよく分かったわ」


差し出された紅茶を煽るように飲む。下品というマーモンの声は無視。荒れに荒れた俺を見、ルッスーリアが苦笑する。


「でも、なまえちゃんの気持ちも考えてやんなさいよ」
「ム、僕も同意見だね。君が知るべきなのは女心ってやつさ」
「女心だあ…?」

「君、これまでの一ヶ月、一度たりともなまえに連絡しなかったんだって?」
「そんな暇なかったんだあ!」
「それが分かっていても納得できないのが女心なのよん。なまえちゃんすごく寂しがってたんだから」


だったら向こうから連絡してくればいいじゃねえか!
そんなことすらできないのが女心ってやつなのか。複雑だ。

だがそれは、なまえがそれだけ俺のことを考えいた、ということも暗に示しているわけで。紅茶のパワーか何かは知らないが、いつのまにか任務の邪魔になるからと電話を掛けられないでいるなまえの姿が容易に想像できるくらいに俺の心は鎮まっていた。


「…つまり俺はどうすればいいんだあ?」
「謝って、たっぷり甘やかしてあげなさい」
「分かったらさっさと行きなよ。棄てられる前に」


マーモンの失礼な台詞は、相談代、共に紅茶代として流してやることにした。ガラにもなく散々当たっちまったからなあ。


「あ、そうそうスクアーロ」
「なんだあ?」


「女の子の『さむい』はね、『あっためて』って意味なのよ」



…誰か俺に女心の翻訳機をくれえ。




急ぎ足でなまえの部屋へ戻ると、そこはもぬけの殻だった。反射的に足は俺の部屋へ向かう。
が、ドアを開けて見回してもなまえの姿は見えない。

「ったく…どこ行ったあの馬鹿」


「馬鹿はここに居ますよ…」
「うおっ!!」


足元から声がしたと思うと、ドアのすぐ横になまえが体操座りで縮こまっていた。焦って気づかなかったらしい。その様子はまるで棄てられた猫のようで、さっきのマーモンの言葉が脳裏に浮かんだ。これじゃどっちが棄てられたんだかわかったもんじゃねえな。


「……」
「……」

「…おい」

「スク、さむい」


しゃがんでなまえを抱き寄せると、細い身体がだいぶ冷たくなっていた。死体のそれとは違う、単に体温の低下。


「こんな廊下で座ってたら、そりゃ寒いだろお」
「…スクが、なかなか来ないから悪い」
「俺のせいかあ…」
「違うよ。スクのせいじゃないよ」


私が馬鹿なの。スクが任務でいなくて寂しくて、連絡ないのが悲しくて、忙しいんだろうなって分かってたけど悔しくて、ずっと会いたかったはずなのに素直になれなかったの。


「スク、ごめん」

おかえり。





結論、俺は結局こいつの暖房器具と化す運命らしい。
崩壊、そして再製


091102

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