お日様の匂いのする午後だった。ひろい公園の一角、ちょうど木で陰になっているベンチに腰を降ろす。生い茂った葉っぱの間から眩しい午後の陽射しが降り注ぐ。こんないいところあったんだ、と宝物をみつけたような気持ちになる。たまには散歩もいい。

コンビニの袋からさっき買ってきたおやつを取り出す。人目もないしここで食べちゃおう、べりりとミシン目を切り取る。遠くから気合いの入った声が聞こえる。そういえばここ、陸上のグラウンドとか、テニスコートとかあるんだっけ。せっかくの日曜日なのにみんなたいへんだなあと他人事のように思う。ぐっと伸びをすると、新鮮な空気が身体いっぱいに満ちていくようだ。穏やかな午後。




がさがさと草がこすれる音が耳に入ったのはそのときだった。反射的に振り向くと、そこには誰もいない。空耳かな…ほんの少し早まった鼓動を落ち着かせようとおおきく息を吐いた、ら、

ひゅ、と声にならない音が喉から漏れる。

草のうえに無防備に寝転んでいる青年がいた。空色と白のジャージ、そしてくしゃくしゃになった蜂蜜色の髪には見覚えがある。あくたがわじろう、くん。テニス部で、同級生。そういえばクラスでもよく寝ていては宍戸くんにたたき起こされていたような。だからっていくらなんでもこんな屋外で寝たりするだろうか?もしかしたら気を失ってるとか……心配になって、小声で名前を呼んでみる。案の定彼には届かず、今度はベンチの背もたれ越しに手を伸ばす。どきどきしながら肩を揺らすと、うう、とぼんやりした声が漏れた。


「あ、あくたがわくん」
「…うあ、…みょうじさん?」
「だ、大丈夫?」
「うん……?」


焦点の定まらないままわたしを視界におさめる。まぶたをごしごしと擦ってもう一度わたしを見上げたとき、その表情はいつもの快活な彼に戻っていた。瞳がきらきらと輝きだす。


「どうしてここにみょうじさんがいるんだC!?」
「わっ」
「あれ?ここ学校じゃないよね?」
「え、うん、学校じゃないよ」


勢いよく起き上がるものだから思わずベンチから落っこちそうになった。背もたれにつかまってなんとかこらえる。彼はううん?と首を傾げて、きらきらした瞳でわたしを見上げた。


「ここ、公園だよ。向こうのコートで部活してたんじゃないの?」
「あ〜そうだったC〜。なんかあったかくてふらふらしてたらここにいたんだよね。みょうじさんも昼寝?」
「いや、わたしは寝ないけど……。ええと、気分悪…くなさそうだね」
「うん?ぜんぜんEよ!」


…なんだ、ほんとに眠かっただけらしい。まあ具合がいいに越したことはないけど、ちょっと気が抜けてしまった。蜂蜜色の髪の毛を掻きながらにこにこわらう様子は子供みたいで、つられてわらってしまう。癒し系ってこんなかんじなのかな。すると突然彼が大きな声を上げた。おおきく開いた目がわたしの手元に吸い寄せられている。


「ああーっ!!」
「えっ!?」
「それ!ムースポッキー!」
「え?そ、そうだけど…」
「好きなの?」
「好きっていうか…なんとなく食べたくなって」
「へぇ〜」
「………」
「………」
「……たべる?」


たべる!!と迷いも遠慮も見せず即答してしまうのが彼らしい。手渡した袋から一本取り出して、それはもうおいしそうに頬張る。ただのムースポッキーなのに。もう一本差し出すと、うれしそうに受け取りぱくりとたべる。…なんか餌付けしてる気分……


「みょうじさんはたべないの?」
「わたし?」
「たべよーよ!ふたりでたべたほうおいしーC!」


にかっとわらう彼に思わずどきりとした。曖昧に頷いて一本袋から取り出し、くわえてぽきんと折る。まろやかな甘みが口に広がって、ムースポッキーってこんなにおいしかったっけと驚いた。彼はすでに3本目を口にしている。よっぽど好きなんだ。ついついもう1本あげたくなって、つまんだポッキーを彼の前に差し出す。ちょっと眉を持ち上げた彼が口を開いて――


「ジロー!!おおい!…ったくどこにいんだよ…」


この声、宍戸くんだ。見回すと、このあたりを囲む木々のすき間からトレードマークの帽子が見え隠れしているのに気づいた。ラケットを片手にきょろきょろしている。彼を探しにきたにちがいない。ここにいることを知らせようと立ち上がりかけたとき、彼が動いた。


ぱくり


わたしの指先、ほんの数センチもない距離にくしゃくしゃの蜂蜜色。髪で隠れて表情はみえない。ぽきっとまぬけな音をたててポッキーが折れる。呆然としているわたしに、あくたがわくんはやっぱりにかっとわらった。いたずらが成功した子供みたいな得意げな表情を浮かべてポッキーを頬張る。ごくん、喉が鳴る。


「ありがと、おいしかったC!」


飛び上がるように立ち上がった彼の腕には、どこに隠していたのかテニスラケットが抱えられていた。今度はわたしを見下ろしてわらうと、植木をかきわけて外に出ていく。「おっはよー」「うわっなんだよ起きてんのかよ」「宍戸、試合しない?なんかオレいますっごい調子Eの!」「はあ?いいからさっさと戻んぞ」………。声と背中が遠ざかってゆく。サアア、やさしい風に吹かれて、微かに見える蜂蜜色が揺れる。視線を下ろすと、わたしの指先にはポッキーのコーティングのない持ち手の部分だけが残っていた。…明日学校で会ったら、またあげようかな、ムースポッキー。じわじわと熱をもつ指先から、甘い匂いが風に乗ってどこまでもひろがってゆくようだった。



春が来ますよ

110407


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