スクアーロと出掛けたい、なんておかしなことを言い出しのにはちゃんと理由がある。あたしはスクアーロが好き。好きだって気づいてしまった。もっとスクアーロのことを知りたいし、あたしのこと知ってほしい。たくさんたくさん。この前の一件で、スクアーロはあたしに何も言う気はないと言った。でもあたしはスクアーロが好きでスクアーロのことが知りたくて、スクアーロがあたしに言わないならあたしがスクアーロのいろんな面を知っていけばいい。そうしていつか、もっといろんなことを教えてもらえたらいいな。あ、すごいあたしスクアーロって八回も言っちゃった。


「というわけで、デートしようスクアーロ」

「というわけでじゃねぇよ。どういうわけだよ」
「その辺はほら、シークレット」
「お前わけわかんねぇ」


あ、お前がわけわかんねぇのはいつもだったなぁ。なんてむかつく台詞で見下ろされてもぜんぜんむかつかないどころかドキドキが止まらないあたしはどこまでも恋に墜ちているらしい。スクアーロはもともとカッコイイから何してもカッコイイのだ。ずるい。神様って不平等だなあ、女のあたしも嫉妬してしまうよ。
慣れない香りを発する液体をちょびちょび啜るあたしの目の前で、スクアーロは優雅に紅茶を飲んでいる。何でも祖国から美味しい茶葉を取り寄せたとか。午後の紅茶レベルのあたしでも高級品ってわかるくらい、香ばしくてほんわかした香りが店内に広がっていた。一杯おすそ分けしてもらったこの紅茶はローズヒップティーというらしい。鼻孔くすぐるあまい香りと口の中の酸味が疲れた体をリラックスさせてくれる。ここが深夜のワックだってことすら忘れてしまいそう。まあ、こんな時間にコーラとポテトと照り焼きバーガーなんて食べたら次の日胃もたれハンパないだろうけど。太るし。カロリーは女子高生の、いや女の敵だ。

で、話を戻すと、あたしとスクアーロがどこでデートするかってこと。遊園地とか水族館は子供っぽい気がするし、ショッピングはお金がかかるし…あ、スクアーロはエリートさんだから大丈夫かな。


「…おい、俺は行くなんて一言も言ってねぇぞぉ」
「えーいいじゃん、行こうよ!」
「だいたい何でバーガーとデートしなくちゃなんねぇんだあ!」
「えー…だってさあ、あたしスクアーロとここでこの時間しか会ったことないじゃん。たまには明るいうちに会いたいよ」


口を尖らせるあたしを複雑な目で見下ろすスクアーロ。それでもしつこく見上げていると、ゆらゆら視線が泳ぎだす。あ、困ってる。やっぱり日中に会うのは無理だったかなあ。でも譲る訳にはいかないんだ。あたし、恋には全速力って決めてるんだもん。なにより忘れちゃいけないのは、この恋、時間制限付きだってこと。

けれどあたしのしつこいほどの粘りに、スクアーロは結局屈することはなかった。






少し凹んだハートを引きずったまま、あたしは高校の帰り道を歩いていた。これから塾。そしてそれからワック。いつも励ましとしていたワックに行くのがどうにも気が重くて、塾はさらに億劫だった。時刻は夕ご飯の頃合いで、そこここの民家からいい匂いがゆらゆら。あーあ、あたしもお腹すいてきたなあ…今日はおやつ持ってないし。
ため息をつくつもりがあたしの口からそれがこぼれることはなく、路上に響いたのはやけにおっきいお腹の音。


「ハハ、ずいぶんでっかい腹の音な」
「ぎゃあ!…って、山本くんじゃん」


あ、ちゃんと覚えてくれてたのな!と笑顔で近づいてくるのは後輩の山本武くんだ。彼とは中学のとき同じ委員会でお世話したというか、お世話になったというか。それにしても相変わらずの爽やかさ。ちょっと背が伸びたかも?


「久しぶりだね。部活帰り?」
「もちろん。先輩こそ」
「あたしはこれから塾なんだよねー…」


それから他愛もない世間話と並中の話をした。山本くんは相変わらず野球部頑張ってるみたい。最近は面白い友達がいっぱいいるらしくて、気づけばあたしたちは路上で30分も話し込んでいた。どんどん迫ってくる塾の時間に気づかないふりをしていると、突然あたしのポケットが震動する。そういえばマナーモードのままだったっけ。断りを入れて取り出したケータイの画面に表示されているのは、!


「は、はいもしもし!」
『う゛おぉい!出るのがおせぇぞぉ!何回かけ直したと思ってんだあ!』
「うそ!ごめん、気づかなかった…」
『今お前何してんだぁ?』
「えーと…友達と喋ってたんだけど…」
『並盛駅前だ、さっさと来い!!』
「ちょ、待っス」


ぶちっツーツーツー…

驚いた顔の山本くんと唖然としているあたし。か、会話になってないよスクアーロ!ていうか初めて電話かかってきた!番号教えた記憶ないけど嬉しいからいいや!あれ、それでいいのかあたし。何はともあれ、やることはひとつ。山本くんにバイバイを言うと、あたしは駆け出した!

塾?そんなのスクアーロに比べたら!





「おせぇ」
「こ…これでも、全速力だったんですが」


ゼーハーやってるあたしは既に呼吸困難に陥っている。全力ダッシュで駆け付けた並盛駅の入口には、いつものコートを羽織ったスクアーロが立っていた。もう日が沈みかけている中で、まだ西の空は真っ赤な夕焼けで染まっている。


「どうしたの?電話なんか…ていうか電話番号……」
「………」


スクアーロは答えない。むっつりと眉間にシワを寄せて通り過ぎる人々を睨みつけている。え?怒ってる?なんで?
あたしが頭の中でありすぎる心当たりを巡らせていると、スクアーロがチラッとあたしを見遣り口を開いた。


「…てめぇが俺と出掛けたいっつったんだろぉ」
「…デート?」
「んなっ違…そんなんじゃねぇ!おら、置いてくぞ!」


耳まで真っ赤に染めて、スクアーロがすたすた歩きだした。慌ててあたしも走る。隣を歩くのがなんだか恥ずかしくて、定位置の一歩後ろをついていく。ていうか電話番号の件はスルーですかそうですか。
それにしてもこの嬉しさ、どうしてくれよう!





「あれ、先輩…と、えっ!?」
「山本くん!ここ山本くん家だったんだ」


しばらく歩いてスクアーロが連れて来たところは「竹寿司」っていうお寿司屋さんだった。のれんをくぐるとさっき会ったばかりの山本くんと、山本くんそっくりの板前さん。山本くんは目を真ん丸にしてあたしとスクアーロを見比べているし、スクアーロは物珍しそうな顔で山本くんとあたしを見ている。


「…知り合いかぁ?」
「えっまあ、うん。むしろそれあたしの台詞なんだけど」
「あー…なんつーか、まあ、ちょっとな。先輩とスクアーロはどういう……」
「てめぇには関係ねぇよ。さっさと寿司食わせろ」


どかっと偉そうに椅子に座るスクアーロに続いて、あたしも腰を下ろす。関係ねぇ、ね。つまんないのと思いつつ玉子を注文した。


「おま、寿司屋に来て玉子かよ」
「いいじゃん美味しいんだし」
「フツー魚類だろぉ」
「おじさんかっぱ巻き」
「……親父、マグロのカルパッチョ一つ」
「あたしマグロ。さびぬきで」
「プッ」
「わらうな」
「子供味覚…」
「おじさん大トロさびぬき!」
「てめっ1番高い奴を!」


あほらしいやり取りを繰り広げていると山本パパに息子に劣らぬ笑顔で「カップルみてぇだな」と言われた。頷こうとしたらスクアーロにばしんと叩かれて、文句を言おうとしたけど彼の耳がやっぱり赤かったものだから、あたしも赤くなって大トロを口に突っ込んだ。すごくおいしかった。


スクアーロが勘定を済ませている間に店を出ると、山本くんが店の裏口から顔を出した。


「さっきは関係ないって言われちまったけどさ、結局先輩たちってどういう関係?」
「あー…それは」
「もしかして、先輩もマフィアごっこやってんのか?」
「は?マフィア?」
「ん?違うのか?てっきり先輩もそうなのかと」


山本くんは不思議そうに首を傾げている。あたしが詳しく聞こうと口を開く前に、スクアーロがあたしの名前を呼んだ。仕方なく山本くんにおやすみなさいを言って、店の玄関へ急ぐ。なんかスッキリしないなあ。マフィアって、外国のヤクザみたいなアレ?先輩もって、山本くんはヤクザなんだろうか。


「まさかねー」
「なんだぁいきなり」
「ないない、似合わないし」
「わけわかんねぇ」


店行くかぁ、と白い息を吐いて、スクアーロが歩き出す。灰色のコートを追い掛けながら、塾さぼっちゃったなーなんていまさら思い出した。スクアーロと夕食の方がもちろん大切なんだけどね。


「…ねー、どうして夕食誘ってくれたの?」
「……別に何でもいいだろぉ」
「よくない。気になる」


スクアーロはうろたえる。夜の商店街を抜けると車の流れが一気に増えた。規則正しく並んだ電灯のオレンジ、近づいて遠ざかるエンジンの音と時々すれ違う酔っ払いの笑い声が、夜の冷気を緩和させていた。近くの民家には少し気の早いイルミネーションがちかちかと灯っては闇に消える。あーとかうーとかこぼしたあと、スクアーロの諦めた声音が鼓膜をつついた。


「…遊園地やら映画館には連れてってやれねーからなぁ。この時間にこの距離が精一杯だぁ」


悪いなぁって、何も悪くないのにスクアーロは謝る。あたしのワガママ、わざわざ叶えてくれたんだ。聞いてないような態度で、スクアーロはちゃんと考えてくれてたんだ。
………やばい。すごく、ものすごく嬉しい。


「……スクアーロ」
「ああ゛?」
「ありがとう。ホントに、すごい嬉しい。ありがとう」


勇気を出して言ったお礼はスクアーロをかなり驚かせたようで、鋭い目を真ん丸にしてあたしを見つめたあと、ふいと顔をそらした。あたしだって恥ずかしい。顔を上げられずにコンクリートの割れ目を睨みつけていたら、スクアーロの歩調がゆっくりになってあたしと並ぶ。そういえば隣を歩くのは初めてだなあと思いながらやっと繋げた右手は、少し熱かった。


品揃えは豊富(君が望めばいくらでも)


091205

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