「ありえないありえない信じらんない!」


どん!とペットボトルを力任せにたたき付けた。テーブルに滴が飛び散るのを見て、スクアーロの眉間にシワが寄る。


「おい、汚すなぁ」

「いいでしょ別に!どうせ明日になればまた汚れるんだから」


面倒臭そうな顔を隠そうともせず、ため息を吐かれた。ため息つきたいのはこっちだよ。


「どうしたんだぁ?」


生真面目に尋ねてくれる辺り、スクアーロは親切だ。ちゃんと聞いてくれるらしい。


このところ彼と喋っていてわかったのは、名前と出身地、何だかんだで優しいということ。あと、彼のココアは非常に美味い。

生憎今あたしが飲んでいるのは、友達から貰ったコーラ。
炭酸が好きじゃないあたしにとっては正直ありがた迷惑だったけど、イライラしてるあたしに気を使って奢ってくれた友達に感謝の意味を込めて飲んでいる。うん、まずい。


「塾の先生がさー、すっごく嫌なやつなんだよね」

「また英語の宿題でも出されたのかあ?」

「そうじゃなくて…ちょっと出来なかっただけでいちいち厭味言ってきてさ、あーもーすごいむかつく!文法少し間違えただけなのに!テストだってそんなに悪くなかったんだからいいじゃん!」


思い出したらまたムカついてきた。あの講師きらいだ。とても。

まず顔が好みじゃない。いつも笑うと口元が引き攣るとことか、バカにしてるみたいな喋り方とか。だいたいあいつも英語の発音おかしいし、京大卒って言い張ってるけどそれも嘘だってもっぱらの噂だし。かわいい女の子にはセクハラまがいのことしてるらしいし。
あたしは何もされたことないっていうのがまたむかつく。
どうせかわいくないですよ!

スクアーロみたいなイケメン講師だったらいいのにな。英語担当してほしい。


コーラを煽る。口の中で炭酸がぱちぱちして不快だ。
ココアが飲みたい。


「今日さ、そいつにさ、今の時期に進路決まんないやつはどうしようもないとか言われた」

「決まってねぇのかぁ?」

「ぜんっぜん。さっさと決めろって、そんなのわかってるけどさ、言い方っていうものがあるじゃん!
どうしようもないって、なんか諦められたみたいでむかつく」


あたしだって焦ってるんだ。
周りの友達が志望校決めて、勉強始めて、どんどん先に進んでいくから、置いてかれそうで。でもあたしは将来なりたいものとかやりたいこととか全然思い付かない。
お母さんやお父さんはのんびり決めればいいって言ってくれるけど…。


そんなこといつも考えてたら、いつの間にかここに通ってた。


ふと興味が沸いて、カウンターを丁寧に拭いてゆく背中に声をかける。


「スクアーロはさあ、いつ決めた?進路」

「あ゛ー…お前より少し年下の頃だなあ」

「えっ早!」


ということは、中学くらいの頃にはもう決めてたのかな。外国の子供って割とすぐ働き始めるって聞いたことがある。
スクアーロの子供の頃。想像つかない。その頃から髪長かったのかな。


「ちなみにワックの店員じゃないよね?」

「なわけあるかぁ!俺は向こうにちゃんと本職があるんだぜぇ」

「向こうって、イタリア?」

「まあなぁ。他の国に行くこともあるぞぉ」

「へーっどこどこ?」

「ヨーロッパ…アメリカ…中国…香港…アフリカ…」


スクアーロの口からぽんぽん出てくる国名の数に、あたしは思わず嘆息した。すごい。この前英語読ませたときもすごかったけど、あんなもんじゃなかったんだ。
ますますあたしの英語担当になって欲しくなった。


「…もしかしてスクアーロってかなりエリートだったりする?」

「一部ではなぁ」

「ニコちゃん柄のエプロンしてるくせに…」

「関係ねぇだろぉ!つーかエプロンについては触れるな!」

「あ、似合ってない自覚あったんだ」


そうかそうか、スクアーロもちゃんと社会人やってたんだ。いや、ワックの店員だって立派な職業だけどね。

思い描いてみる。スクアーロが行ったことがあるという、海の向こうの遠い遠い国々。
そこでは沢山の人達が訳のわからない英語を楽しそうに喋っていて、見たこともない美味しそうな料理を食べて、色鮮やかな街を歩いている。その中にはスクアーロも居て、小難しいビジネス用語を話しながらコーヒーを飲んでいた。


…あたしもいつかそんな風になれるのだろうか。



「ま、やりたいことからじっくり探せばいいだろぉ」


とん、とテーブルに置かれたのは、あったかそうなココアだった。

…スクアーロのココアだ。


「もしかしてあたし、励まされてるんでしょうかスクアーロさん」

「いつもやかましい客がやけに辛気臭い顔してっから、店員としてサービスしてやっただけだあ」



ほんとにこの人は気が利くというか、優しいというか、いい人だなあ。
ココアを両手で挟み込むと、じんわり温かい。あたしの心も温められていくようで、照れた。頬が緩む。
うん、うれしい。


「なにニヤニヤしてんだお前」

「いやあ、スクアーロも一応紳士なとこあるんだなーと思って」

「一応は余計だぁ」

「あたし惚れちゃうかもよ」

「はあ゛あ!?」

「なんちゃって」

「っバカなこと言ってる暇あったらさっさとソレ飲めぇ!」


ばしんと頭をはたかれた。痛くなかった。照れてるのか、いい大人のくせに。男前なのに変なところかわいいなあ。


「でもあたし、コーラまだ残ってるんだけど」

「コーラは冷めねえだろぉ」

「っていうか、あたしコーラきらいだからもう飲みたくない」

「なら買うなぁ…」


だからあたしが買ったんじゃないんだって。

スクアーロはちらりとコーラを見遣ったかと思うと、そのまま手に取りごくごくと飲みだした。あれ、飲んでくれるんだ……


「おいしい?」

「まじい」

「だよね」


コーラの泡を飲み干してゆくスクアーロの喉仏を眺めながら、あたしは甘いココアをずいと流し込んだ。


あなたの心も温めますか?


結論:スクアーロは優しいエリート紳士(らしい)



091019

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