グッドイブニーングこちらワクドナルド並盛駅前支店!
ワクドナルドといえば言わずと知れたちょう有名ファストフード店で、金はなくとも時間と元気だけは有り余ってる中学生が入り浸りがちな場所のひとつであり、かくいうあたしもかつては友達と無駄話をしに訪れたものだった。
ちなみに現在あたしは高校生だ。
今日もあたしの足が自然と向かうのはやはりここであった。中学生の頃と違うのは、今が夜11時過ぎであるのと、たった一人であるということくらいだろうか。
塾帰り、疲れた体には過度のカロリーと慣れた空間が必要だ。
どうにもここは居心地が良くて、気付けばあたしは常連だったりする。この時間は人も少なくて、店員も暇な大学生田中(21歳)がのんびりコーラを啜っているだけである。
重い扉に体重をかけるようにして滑り込む。店内は微かに空気調節が効いていて、薄着で外を歩いていたあたしは身震いした。最近めっきり寒くなった。
注文口に1番近いテーブル席に荷物と腰を下ろす。ここもあたしの特等席だ。四人掛けのテーブルをどーんと一人で占領するのには何とも言えない優越感がある。もともと貸し切り状態の店内なんだけど。
おやおかしいな、田中の姿が見えないぞ?いつもはあたしが入って来たら顔を見せるのに。
もしかして今日は真面目に仕事でもしてたりするんだろうか。それとも厨房であたしに捧げるポテトでも精製してるんだろうか。
あたしはカウンターの奥に向かって声をかけてみる。
「おおいたーなかー」
「あ゛あ゛ぁ?」
あっれおかしいな、あたしの記憶によれば田中は成人してるにしてはちょっと高いくらいの声をしていた。しかし今聴こえてきたのは明らかに濁音つきの低い声である。
不審に思いしばらく黙る。
すると店の奥から顔を出したのは銀髪の目つきの悪いお兄さんだった。
「……」
「……」
「あっ田中、イメチェンした?」
「俺はタナカじゃねえ」
やだなあそんなこと分かってますよお兄さん。だってタナカはこんなキマってないもの!イケメンじゃないもの!
例えるならば発育不全のナスのような……いや、これは言い過ぎか。ごめん田中、君の顔そんなに嫌いじゃなかった。
「どちらさまデスカー?」
「それはこっちの台詞だぁ」
「あたしはアレ…お客様は神様です」
「たたっ斬られてーのかあ?」
「あ、すいません」
思わず謝ってしまった。調子こいてすいません。
…あれ、あたし客だよね?この人店員だよね?
それにしてもカッコイイ外人さんだなあ。髪サラッサラだよ。長身だよ。目つき悪いけど。怖いけど。え?これ睨まれてる?
「あのう、田中はどこ行ったんですか?」
「前この時間に働いてたヤツなら辞めたって聞いたぜぇ」
「まっまじか!」
辞めたって!あたし何にも聞いてないぞ!
毎週一緒にポテトをつまんだ中じゃないか。一言くらい言ってくれればいいのに……
「そいつの知り合いかぁ?」
「知り合いっていうか、まあ、Sサイズのポテトを摘みあった仲みたいな」
「浅いんだか深いんだかわかんねえ関係だなぁ…」
深くはありませんよ、決して。
そんなやり取りの間にも、あたしの視線はお兄さんに釘付けだ。別に他意があるわけではないよ、外人さんが珍しいだけです。
脚長いし、肌白いし、ファンシーなニコちゃん柄のエプロンが似合ってないし……プッ
「う゛お゛ぉい!何人ジロジロ見て吹き出してんだぁ!?」
「あ、すいません素敵なエプロンデスネ!」
「ぜってえ思ってねぇだろ!」
やたら声の大きいお兄さんは、どうやらツッコミタイプのようだ。うん、これは弄りがいがありそう。
「ねえねえお兄さん、これからこの時間で働くの?バイト?」
「まあなぁ」
「へええ!じゃあ仲良くしてね!あたしここのマスコット的存在だから。深夜のみ」
あたしの言葉に、お兄さんはだいぶ驚いたようだった。あたしの着てる制服を見下ろす。
「お前、高校生だろぉ。いつもこんな時間に来てんのかあ?」
「うん。しょっちゅう」
「…危ねえだろぉ」
「別に。家近いし」
更に驚いた顔のお兄さんは、ちょっとすると気遣わしげに眉を寄せた。そんな顔もイケメンだった。
「あー…家に帰りたくない年頃かあ?」
「や、そんなんじゃないし。うちの親帰ってくるの遅いし、塾のついでに時間潰してるだけ
お兄さんは?外人さんだよね?」
「俺はイタリア人だぁ。…まあ、色々あってなあ」
「明るいうちに顔出せないようなことでもしたの?」
「しっ…してねえぞぉ!」
今ちょっと吃ったよね。やましいことでもあるのかお兄さん。
アレか?パスポートないけど海渡ってきました!みたいな。
「それにしてもサッパリ客来ねえなあ」
「この時間の客なんてあたしくらいだって。もう後片付けしちゃいなよ。あたし飲み物外で買ったから注文ないし」
「持ち込むなよ」
とは言いつつ取り上げる気はないらしい。お兄さんは店の奥に戻っていった。あたしは自販機で買ったホットココアを煽る。ぬるかった。
数分もしないうちにお兄さんは帰ってきた。台拭きを持っている。結局後片付けを始めるらしい。
「そこでポテト持ってくるくらいのサービス精神が欲しかったなー」
「この時間に食ったら太るぞぉ」
「それは言うなかれ…あっちょっ待ってお兄さん」
「何だあ?」
「その台拭き違う。黄色いやつはカウンター用で、テーブルは青いほう」
指差して注意すると、お兄さんはぽかんとしてあたしと黄色い台拭きを見比べた。
「そんなん決まってんのかあ…?」
「当たり前でしょ。あとチェック柄のがから拭きするやつだから濡らさないようにね」
「お、おう…」
黄色い台拭きを青に持ち替え、テーブルを拭く。どうやら教わらなかったみたいだ。何やってんの店長。いくら人来ない時間帯だからって新人にやり方くらい教えなきゃダメでしょうが。
「なんかあたしが先輩みたいだなあ」
「慣れてんのかあ?」
「んー、田中がいつもやってんの見てた」
だからわかんないことあったら聞いてね、と背中に声をかける。
お兄さんの拭いたテーブルは随分とキレイになっていた。慣れてるんだろうか。
しばらく沈黙が続く。あたしはお兄さんの手つきをじっと見ていた。丁寧に、素早く拭いていく。
田中が拭いた後はこんなにピカピカじゃなかった。
テーブル拭きにも上手い下手があるんだなあ、なんて間の抜けたことを考えていると、ふいにお兄さんが振り向いた。
「あとは何かあるかぁ?」
「あとはー…特にないかなー」
「そうかぁ」
次にカウンターの奥から出て来たお兄さんの手には二人分のカップがあった。
「さっきの礼だぁ」
「…おごり?」
「今日だけなぁ」
テーブルに置かれたふたつのそれからゆらゆらと湯気が昇る。
お兄さんはあたしの向かい側に座ると、やたら苦そうなコーヒーを啜った。
あったかいココアが全身に染み渡っていくのを感じながら、結構気の利く人だと思った。
気になるバイト君
091015