「Benvenuto!お一人さまですか?お好きな席へどうぞ!」


お昼どきになったにも関わらず、お客さんは少ない。繁盛してないわけではなくて、うちのピークは3時くらいからなのだ。メニューだってランチになりそうなものは少ないけれど、マスターのデザートやブレンドコーヒーにはプロだって舌鼓。常連さんもたくさんいる。

あたしの仕事はオーダーをとること、運ぶこと、キッチンから玄関までの掃除、いつもニコニコしていること。最後の仕事がいちばん大切ってことを、耳にタコができるほどマスターに教えられた。



マスターは年齢不詳のスキンヘッドさん。老眼鏡をかけているからそれなりに歳をとっているはずなんだけど、おじいさんには見えない。お肌も頭もツルツルでまだまだ元気。料理に関しては怖くて頑固でも、普段は優しいイタリア人だ。日本人のあたしを3年も雇ってくれてる恩人でもある。


「バーガー!リンゴとブルーベリーを2つずつくれないか」
「はーい!」


冷蔵庫から果物を取り出して、クッキング中のマスターにすばやく手渡す。あっという間にそれらは皮を剥かれて切られて混ぜられて、気づけば立派なパルフェに変身している。女の子の夢を形にしたステキなデザートを乗せてあたしは3番テーブルへ。


「お待たせいたしました」
「やあ、いつ見てもマスターの手際は逸品だね」
「そりゃあうちのマスターですから!」


この時間にこのパルフェを頼むのは、お得意様のラサーニャさん。甘いものが大好きなフランス人。


「バーガーちゃんも早く作らせてもらえるといいね」
「あはは…がんばりますよ」
「あ、でもバーガーちゃんは看板娘だし、料理しなくても大丈夫かな」
「看板娘っていうか、ほかに店員いないだけですけど」


うちのマスターは厳しい。もともと料理下手なあたしなんて、キッチンに立たせてもらう日が来るのかどうか。今だってコーヒーの煎れかたをしごかれる毎日なのだ。それでもあたしなりに、跡取りのいないマスターのためにもがんばりたいと思っている。


「そうだ。この前ね、バーガーちゃんの知り合いを見たよ」
「はい?」
「前に話してたろう?ヤマモトくん」
「山本くん!こっち来たんだ!」
「つい先日ね。ボンゴレ十代目たちが本部に来てくれて、こっちのファミリーもホッとしてるよ。今頃引き継ぎやら挨拶回りやらで大忙しなんじゃないかな」
「そうなんですか…」


じゃあ会えるのは当分先かな。空港であたしを見送ってくれたのが最後だから、もうずいぶん会ってない。いつか楽しそうに話してくれていた友達がボンゴレ十代目だったなんて、人の縁ってつくづく不思議だと思う。


「今度会ったらこの店のこと伝えておいてくださいね」


そう言ったらラサーニャさんは少し口元を引き攣らせて頷いた。古株のラサーニャさんでも、ボンゴレの偉い人に話し掛けるなんて恐れおおいらしい。イタリアに来てマフィアについていろいろ学んできたけれど、その辺の事情まではあたしにはよくわからない。


「バーガー!オーダー頼むよ!」
「はーい!今行きます!」


ラサーニャさんにごゆっくり、とお辞儀をして次のテーブルへ。時計の針が2と7を刺しているのをちらりと見て、これから忙しくなるな と気合いを入れる。慣れたからって気を抜いちゃいけない。マスターに何度も教えられたことだ。







語学留学。名目的にはそういうことになっている。実際ちゃんとインターナショナルの大学にも通ってるし、こっちで同じ年頃の友達もできた。普段は大学の講義、ないときは喫茶店のバイト。ときどき友達と買い物に行ったり映画を見たり。イタリアでごくごく普通の大学生らしい日々を送っているあたしにマフィアの恋人がいることは、一部の人たちしか知らない。

たとえばこの喫茶店。マフィアのお得意さまが多いのは、うちのマスターが名のあるヒットマンだったから。今は現役引退してるけど、マスターの知り合いや部下の人達がよく顔を見せに来る。ラサーニャさんもそのひとりだ。


あたしの恋人の古い知り合いだったマスターは、彼の頼みでジャッポーネからほとんど身ひとつで来たあたしの面倒を見てくれている。それこそイタリアの歩き方からコーヒーの煎れ方まで、マスターがいなかったら今のあたしはいないと断言できる。

身内でほんとうのことを知ってるのはお母さんだけ。お父さんが単身赴任で娘のあたしまでいなくなるのは申し訳なかったけれど、当の本人は「北海道とイタリアから毎月お土産が届くなんて夢みたいね!」とウキウキしていた。娘にイタリア人の恋人がいることはたいした問題じゃないらしい。毎月イタリアの物産を送ってはいるけど、やっぱり寂しい思いをさせていると思う。いつかかならずイタリアに招待するからね。





カウンター席にサンドイッチを運んで、アンティークの時計を見上げる。2時53分。店に出入りするお客さんが増えてきた。仕事はまだまだこれから。


「バーガー!今日はもう上がりなさい」
「えっ?」


キッチンから顔を出したマスターが時計を指差してウインクした。


「もうすぐ彼が帰ってくる時間だろう?」
「でも店が…」
「大丈夫だよ。ラサーニャに手伝わせればいいさ。あいつだってこの時間は暇だろうからね」
「マスター…」
「せっかく1ヶ月ぶりにロスから帰ってきたのに、可愛い彼女が迎えてくれなかったら可哀相じゃないか」


さあ、行っておいで。老眼鏡の向こうの優しい瞳に背中を押されて、あたしは店を飛び出した。ラサーニャさんが苦笑しながら手を振ってくれる。お客さまにバイトさせるなんて、あたしはまだまだ未熟者だ。店の扉が閉まる前に深く深く頭を下げた。


ケータイを取り出して時間を確認。2時55分。タクシーを呼ぶ時間ももったいなくて、あたしはそのまま走り出す。にぎりしめたケータイに、晴れやかな笑顔のニコちゃんが揺れている。













腕時計を確認する。3時10分。眼下にはすでに見慣れた町並みが広がっている。頭がボンヤリするのは時差のせいだけではないだろう。緊張で脳が働かないなんていい年してアホらしいと思いつつ、俺は柄にもなく緊張していた。曲がってもないネクタイピンを何度も調整し直すのはそのためだ。
ヴァリアーの幹部が身につけるには安っぽいこのネクタイピンは、3年前にあいつがくれたもの。まだあいつは学生で(今だって正式には学生だが)(高校生と大学生には天と地ほどの差があるんだぜぇ!)俺はワックの店員だったあの1ヶ月。

あれから3年。
色んなことが変わったあいつには短かったかもしれねぇが、俺にとってはずいぶんと長い月日だった。胸ポケットに入った指輪は、3年越しのプロポーズの答えということになるだろう。
考えてみれば告白もプロポーズもあいつからなわけで、俺は何も返せていない。イタリアに連れて来てからだって知り合いの元ヒットマンに預けっきりで、恋人らしいことのひとつもしてやれてないんだから情けねぇ。その分もまとめてこれから幸せにしてやりたいと思う。



アナウンスが耳を通りすぎていく。3時15分。あいつは今頃バイト中だから出迎えは期待できない。物足りない気持ちは否めないが、こんな日くらい、俺から迎えに行ったっていいだろう。





「何になさいますか?」「あなたをひとつ!」

100307

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