身元のわからないイタリア人を好きになったらどうする?って目の前でコーラを啜る友人に聞いたら、頬杖をついたまま現実見ろと言われた。そりゃそうだ。
24時間、わたし空いてます
ちなみに彼女には彼氏がいる。ちょっと前まで取っ替え引っ替えしてたのが、今回は半年近く続いてるらしい。「ま、いつまでもつかわかんないけどねー」あたしが言うのもおかしいが、近頃の女子高生の恋愛観は、むずかしい。
あたしの方は、さっきから無意味に単語帳をめくるだけ。クリスマスに予定があったためしもないし、独りでクリスマスを過ごすのが嫌だからって彼氏を作るのに奔走するクラスメイトの気持ちもわからない。でも今年のあたしはちょっと乙女思考に傾倒している。
クリスマス、スクアーロと過ごせるといいなあ。
…なんて、スクアーロがクリスマスとか気にするとは思えないし、クリスマスだからいい雰囲気になれるとか期待してるわけじゃない。ここは並盛で1番お洒落で有名なお店だったりするけど、断じて、クリスマスプレゼントを選びに来たわけじゃない。今日は友人の付き添いで来たのであって、別についでにスクアーロにプレゼント買って好感度を上げようとか、そんなこと考えてな…い……
「バーガーそれ、誰にあげんの?」
「…えっ…えっなにが?」
「だからそのネクタイピンだって。あ、お父さん?バーガーんちのパパ単身赴任だっけ」
「あー…まあ、そう…なんだろうか」
「はあ?」
手に取ったネクタイピンは、シンプルだけど大人っぽいデザインだ。お父さんだったら微妙だけど、スクアーロならこういうの似合うかもしれない。あたしはスクアーロがネクタイをしてる姿を想像しようとして……挫折した。いつものエプロン姿しかでてこない。でもきっとかっこいいんだろう。スーツとか、見てみたいなあ。ちらっと隣の紳士服売り場を見て、慌てて視線を戻す。いやいやいや、スーツをプレゼントはないでしょあたし!!
「はあああぁ…」
「なに、いきなりため息ついて」
「何がいいのかなあ、大人の男の人って」
「お父さん?」
「…どちらかと言えば…お兄さん…」
あんた兄貴いたっけ?と首を傾げる友人はスルー。まさかワックの店員にプレゼントしたいなんて言えるわけない。言ったところで大爆笑かドン引きがいいとこだ。我ながら、変なひとに恋をしたと思う。
手元のバングルをいじりながら、彼女は思案するように口を開く。
「年上なら大人っぽいのか、逆に可愛いのかじゃない?」
「可愛いのって?」
「年下の可愛さをアピールすんの。手づくりクッキーとかくまのキーホルダーとか。あ、兄貴にアピールしたってしょうがないか」
可愛いの。考えつかなかった発想に感心するばかりだ。手づくりクッキーかあ……スクアーロ、甘いの苦手らしいけどクッキーなら平気かな。
「やっぱり男の人に聞くのがイチバンでしょ。彼氏に聞いてみよっか?」
「うん、おねがい」
じゃああとでアイス奢ってね!と笑うと、彼女はレジへ向かった。お揃いのバングルを買うことに決めたらしい。もし彼女たちが別れたらあのバングルはどこへ行くんだろう。
スクアーロはもうすぐイタリアに帰る。そのときあたしはどうなるんだろう。思い出として残るのか、恐らくあのバングルの行く末のように、記憶ごと廃棄されてしまうんだろうか。
「あれ、バーガー?」
沈みかけていた頭が名前を呼ばれて持ち上がる。振り返ると、コンビニの袋を持っただっさい格好の青年が驚いた顔で立っていた。
なんとそれはあたしのよく知った人間ではないか。
「田中じゃん!久しぶり!」
「あっやっぱりバーガーかー。どっかで見たコートだと思ったんだよな。やー元気?」
へらへら笑うこいつは、スクアーロの前にあのワックで働いていた田中。わりと仲のよかったあたしに何も告げず突然バイトを辞めていった田中だ。
「元気?じゃないから!こっちはいきなりいなくなってびっくりした」
「あースマン。いろいろ忙しくなってさ」
「ヒマな大学生のくせに?」
「今はいそがしーの。大学生にもいろいろあるんだよ。つーかお前、ここで何してんの?」
「ちょっと友達と……」
ショッピング、と言いかけて固まる。いつの間にか友人の姿がきれいさっぱり消えていた。どこ行った!と焦る前にケータイに着信。
「本人に直接聞いちゃえば?あたし先に帰ってるわ(^O^)」
……(^O^)!
「…ちょっと…買い物に」
「ふーん」
あきらかに勘違いしていった友人を心の中でそっと毒吐く。あたしが田中にプレゼントするわけないじゃん!ていうか置いてくな!
たった一人でショッピングなんて、まるであたしが友達いない子みたいじゃないか。
「…田中はどうしたの?」
「俺?俺はなんとなく」
なんとなくって何だよ、と突っ込むあたしに、田中はコンビニの袋を持ち上げてへらりと笑ってみせた。
「せっかく久しぶりに会ったんだし、ドライブでもしね?」
ようやくターゲットの所在を掴めた。
うまく一般人に紛れ込んでやがったせいで時間はかかったが、ヴァリアーの情報収集力にかかれば大したことはねぇ。…ハズだが、今回ばかりはいくら情報網を広げても引っ掛からなかった。他ファミリーとの接触も皆無、相手の顔を捜すところから始まった任務だったが、麻薬の密売人をしていたところから足がついた。
もちろんただの密売人だったら俺が出る必要はない。問題は奴の握っている情報だ。あいつの情報は相当の価値がある。外に漏れればボンゴレに留まらず同盟ファミリーにまで被害が及ぶだろう。他の組織と接触する前に消さなければならない。ソースはとっくに潰した。残るはあのファミリーとつながりがあり、数年前から離れて日本で活動していた奴のみ。
思ったより随分時間はかかったが、身元さえ分かればこっちのもんだ。部下から資料を受け取り、パラパラとめくる。
これが終わったら、また次の任務が始まる。当然だが俺はイタリアへ帰らなきゃならねぇ。くだらねぇバイトも辞める。そしたらアイツとはなんの接点もない、赤の他人に戻るのだ。本名を教えたのは俺のミスだが、始末しなければならないほどのことではないだろう。それに、どうせすぐ忘れられる。バーガーの前では、俺はただのワックの店員なのだから。
「俺が執着しても、どうにもならねぇよなぁ」
深く息を吐いた。疲労の溜まった目頭を強く揉み、再び資料に目を戻す。すらすらと読み進んでいく途中、ふと視線が止まった。ターゲットの日本での履歴欄。もう一度読み砕く。
いや、まさか。
「……嘘だろぉ…」
ぽつりとこぼした言葉は、広いホテルの一室に響くことなく吸い込まれた。
「田中が運転できたなんてぜんっぜん知らなかったなー」
「言ってなかったっけ?」
「言ってなかった。しかも高級車だし。田中、ほんとに大学生?親の車?」
隣でなかなか綺麗なハンドル捌きを繰り出す田中にうたぐり深い目で尋ねると、声のトーンを落として「ちょっとコツがあってさ」。聞いたあたしもつられて声が小さくなる。
「…コツってなんの?」
「お金だよお金。マニー!いい稼ぎかたがあるんだよ」
「バイトで?」
「ああ。ぶっちゃけ本業みたいなモンかな。すげー金になるんだぜ、ワックの給料の何倍、何十倍稼げる」
田中は実に楽しそうに話す。ワックで見てたけだるげな目は変わってないけど、そこにはスリルとかワクワクとかがとは違う野心みたいなものが覗いていた。ふーん。適当に返事をして窓の外を眺める。
ふうん。
なんか、いやな目だなあ
「それで、あたしたちどこ向かってるの?なんか並盛からどんどん離れてってない?」
雨が降って来そうな空模様。カバンに折りたたみ傘が入ってるのを確認しながら田中に尋ねる。窓を流れる景色は、すでにあたしの見知ったものではなくなっていた。
隣の運転席からは何も聞こえない。
「田中?」
「…さっきの儲けのいい仕事のことな、トクベツに教えてやるよ」
え。なんだろう、田中の顔が変わった。へらへら笑ってるけど笑ってない。あたしが見たことない歪んだ瞳がバックミラーを見つめている。なんだろう、嫌な汗が背中を伝った。
「情報だよ。すっげぇ金になる。ファミリーの奴らは全滅させられちまったけどな。
お前の大好きなS・スクアーロに」
情報?ファミリー?
全滅?
スペルビ・スクアーロ?
『もしかして、先輩もマフィアごっこやってんのか?』
あたしが口を開こうとした瞬間、
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