「ヴィンセント」

静かな一室に、彼の名を呼ぶ声が凛として響いた。
呼びかけている彼との距離はほとんど無いと言っていいだろう、聞こえているはずなのに、当の本人からの応答は返って来ず、あたしを引く彼の手のひらの熱が上がり、握られた手首への圧力が増えた気がした。
気がしたと言うよりも、むしろ実際そうなのだが。
ああもう何だって言うのだ。

「どうしたって言うのよ」

冷静でクールと言う枠の中にぴったりと納まっていた彼の人物像が、思いっ切りはみ出ていくのが信じられない。
それでも彼を想う気持ちは少しも揺るぎはしないが。
付き合って半年という月日を共に過ごしてきた彼だが、思い返してみると彼に関して知っていることが、思いのほか少ないような、といつの間にか抱きしめられた彼の腕の中で考える。
気が付くのが一瞬遅れたあたしの脳味噌は、はっきりと現実を理解した瞬間、トクンときっと彼にも伝わってしまうほどの大きさで跳ねた。
また彼らしくも無い行動に困惑させられる。
嬉しい半分、困惑を浮かべたあたしの表情見た彼は、はっとしたようにあたしを拘束していた腕を解き放つと、ぶつかっていた視線をゆっくりと下へ向けた。
濡れたような黒髪も同時に垂れ下がり、申し訳なさそうなオーラがにじみ出てきているようにも見える。
それでも彼からは出てこない言の葉。
これでは会話をしようとしているこっちの気持ちはただの無駄ではないか。

「ヴィーンセントさーん、一体どうしたのですー」

呆れ半分棒読みになってしまったこの言葉も、彼に届いているのだろうか、と苦笑が漏れる。

「…悪い」

悪い?何が?悪いと謝る様なことをあたしにしたのだろうか、彼は。

「どうしたの、何で謝るのよ」

「…いや、いきなり引き止めたりして」

「なにか理由があったんじゃないの?」

あたしはそっちの方が謝られることよりも大事なんですが。
下がったままの彼の頭をわしゃわしゃと撫で回し、それでも頭を上げようとしない彼の前にしゃがみこんで、無理やりガシッと両手で彼の頬を掴みあげた。

「はっきりしないの、嫌いなんだってば!」

「…痛い」

「なら早く言ってよもう、困っちゃうって。
ていうかもう困ってる」

「クラウド…」

「クラウドぉ?」

彼の口からは友人であるクラウドの名が漏れた。
クラウドが一体このことに何の関係があるというのだ、眉間に皺が寄るのが自分でもわかる。

「クラウドの匂いがした」

「は?」

つまり、彼はあたしからクラウドの匂いがして、匂いがうつるほど近くに居た、または近づいたということに嫉妬しているのだろうか。
それを理解するのに、カップラーメンが出来るのと同じくらいの時間を要したが、理解した瞬間、心を締め付けられるような愛おしさが体中を駆け巡り、気が付くと彼を抱きしめている状況に。

「頼むから、心配させないでくれ」

「心配って、自分からあたしの心が離れていくこと?」

彼を抱きしめていたはずなのに、抱きしめられている形となったあたしたちの体勢。
力強い両腕があたしの体を包み込む温かさが嬉しい。
クールな彼が、たまにはこうなるのもいいかもしれないなんて、頭の片隅に浮かんだ。
ニヤリとあたしは微笑んで、彼はきょとんと瞳を丸くする。

「好きだよ」、と一言呟いて、彼の唇に食いついた!



(好きだから、)理由にはなりませんか?
(好きだけじゃなくて、)(愛してるから、)



相川さまへ相互記念!
ただのヴィンセント嫉妬夢になってしまいましたー!!
ぜひジャンピング土下座で謝らせてもらいますorz

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