朝起きたら、キッチンの方から聞こえてくる規則正しいリズム。トントントン トン ふわり鼻孔をくすぐる美味しそうな匂い。ジュワジュワ オムレツを焼いているんだろうか。冷めてしまう前に、早く起きなければ







「う゛おぉい、起きたかぁ」
「………おはよ」


うん、間違ってる。冒頭からおおきく一歩を踏み外している。ノーメイク寝ぐせつきのあたしはがっくりと肩を落とした。


「スクアーロ起きるの早すぎ…!」
「普通だろ。今9時だぜぇ」
「日曜日じゃん!休日くらいゆっくり寝ようよ!いっそもう一回寝てこい!寝てください!」
「何言ってんだてめぇ」


今日で何回目だろう、このパターンも。せっかくスクアーロが帰ってきてる日曜日、奥さんらしく朝ごはんを用意して「あなた、朝ですよ」なーんて起こしてあげようと意気込んでたのに。うちの旦那さまは早起きだ。しかも早起きなだけじゃなく料理もできる。白い湯気がのぼるオムレツを見つめて思う。あたし、こんな美味しそうなオムレツ作れたっけ?


「はあ…おいしい」
「ため息つきながら言うなぁ」


なんて言いつつスクアーロの頬は緩んでいる。まんざらでもないみたい。ああ、これは完全に間違ってる。ここは普通あたしが作ったオムレツをスクアーロが褒めて、「お前と結婚して良かったぜぇ!」………ってことにはならないだろうけど、とにかく褒められたあたしが照れるところだ。
スクアーロが意外と家庭的なのは前から知ってたけど…うれしいような虚しいような。これじゃどっちがお嫁に来たんだかわからない。おそろいのマグカップにダブルベッド、せっかくの新婚生活なのにじぶんのふがいなさとスクアーロの主夫ぶりにため息をつく……そんな日々が続いている。あたし、こんなんじゃ呆れられて捨てられちゃうんじゃ…っていやいやいや!







そんなだから、その夜にスクアーロが帰ってきたとき、あたしの頭はガツーン!と殴られたような衝撃を受けたのだ。
玄関の前で気まずそうに目を泳がせるスクアーロの右手に、ふたまわりよりもっと小ぶりな左手が握られている。まんまるい大きなひとみがパチパチとまばたきを繰り返した。このひとだれ?というようにじっとあたしを見上げてくる小さな…女の子。


「隠し子……!」
「んな訳あるかぁ!!」


じゃあこの子だれなの!?と問いただせば、玄関の前に突っ立っていたという。声をかけたらしがみついて離れなくなったらしい。なんだそれは。
しゃがみ込んで女の子を見つめる。黒髪だから日本人だろうか?でも目は黒じゃないからハーフ?きれいないろ。スクアーロとおなじだ。いいなあなんて柄にもなく思ってしまった。


「とりあえず、中入ろっか」
「…いいのかぁ?愛人の子かもしれねぇぞお」
「そうなの?」
「いや、そうじゃねぇが…」
「ならいいんじゃない?」


落ち着いて考えたら、スクアーロが二股かけられるほど器用な人間じゃないことはあたしがよく知ってる。思ったままを伝えると、スクアーロは一瞬驚いた顔をして、そのあとしかめっつらになった。「…言うようになりやがったぜぇ」
ハイハイ照れ隠し照れ隠し。


「えーと、きみ、名前は?」
「………」
「どこから来たの?日本?」
「………」
「おうちはどこかな?」
「………」
「…………」
「………」
「…………」
「………」
「諦めてんじゃねぇぞぉ!」
「だって!この子しゃべってくれないんだもん!」


なだめすかして美味しいクッキーまで出したのに、女の子は何の反応も示さない。あたしやスクアーロのことをチラチラ見上げてるから、言葉は通じているはずなんだけどなぁ。しゃべれないのかな。女の子はあいかわらずスクアーロの手をぎっちり握ったままでいる。…いいな、あたしもスクアーロと手繋ぎたいよ…
深くため息をつくわたしの向かいでスクアーロが肩をすくめた。どうする、と目で訴えてくるけど、そんなのわたしが聞きたい。


「とりあえず外もう暗いし、今日はうちに泊めるしかないよね」
「そうだなぁ…」


もう一度女の子を見つめてみれば、眠たそうに目を細めていた。パジャマはわたしのTシャツでも着せて、今夜はソファベッドに寝てもらおう。


「あ゛ー…なんかよくわかんねぇが疲れたぜぇ。風呂入ってくる」
「どうぞ」


あくびを噛み殺しながらリビングを出ていくスクアーロを見送る。と、女の子がぴょんと立ち上がった。小走りで駆け寄ってスクアーロの背中にしがみつく。


「あらら」
「う゛…う゛お゛ぉい…」
「………」
「…もしかしてスクアーロ、なつかれてるんじゃない?」
「はあ!!?」


こんなコワモテのどこが気にいったのかわからないけど、女の子はスクアーロから離れる様子はない。どうも隠し子説が再浮上してきた気がする…。女の子は相変わらずしゃべらない。こうなったらもうスクアーロに任せてしまおう。


「スクアーロ、どうせならその子とお風呂入ったら?たぶんその調子だとあたしよりスクアーロの方が喜ぶと思うし」
「俺がこのガキとかぁ!?」


嘘だろぉ、とぼやきながら腰のあたりにしがみつく女の子を見つめる。女の子もジーッと見つめ返す。結局、スクアーロはため息をついてギブアップしたのだった。





どうしてこうなった。

ソファベッドがぎしりと音をたてる。隣のベッドルームではスクアーロと女の子がダブルベッドですやすやと寝息をたてている。いや、気持ちよく眠ってくれるのはまったく構わないんだけど…なんかちょっと違くないですか。


本当はスクアーロがこっちに帰ってきてくれるなんてそうあることではなくて、昨日休みをとったから帰れるって電話をもらったときは小躍りするくらい喜んだ。結局今日も仕事が入ってしまい、ほとんど一緒にいられなかったわけだけど……だから夜くらいイチャイチャしたいなーとか、買って以来出番の少ないダブルベッドをフル活用できるなーとか、色々考えてたのに。


「…はあ、何考えてんだろ、あたし」


あんな小さい子に妬いちゃって、かっこわるい。もっと余裕が欲しい。スクアーロみたいに大人になれたら………
朝のこととか隠し子疑惑とか、小さなすれ違いや不具合が積み重なっていって、いつか崩れてしまうんじゃないかって。出会いが衝撃的だったから、あたしはほんの小さなことでも不安になってしまう。大人なスクアーロとあの頃からぜんぜん成長出来てないあたし。ずっと今のままなのかな、それで大丈夫なのかな。……。









朝起きたら、キッチンの方から聞こえてくる規則正しいリズム。トントントン トン ふわり鼻孔をくすぐる美味しそうな匂い。ジュワジュワ オムレツを焼いているんだろうか。冷めてしまう前に、早く起きなければ



「またやってしまった……」
「何がだぁ?」


またスクアーロに朝ごはん作らせてしまった。昨日ゴチャゴチャ考えてたせいで寝起き最悪だし、朝からため息の連続。ていうかテーブルにお皿並べてるのは例の女の子じゃないか!起きるの早!


「勝手に並べ始めたんだぜぇ」
「勝手にって…なんでうちの皿の位置把握してるの?」
「しらねぇ。どこも同じなんじゃねぇのかぁ?」


ふーん…そんなものかなあ。でも知らない家に来てちゃんとお手伝いするんだから、きちんと教育されてるんだな。エライエライ。朝ごはん食べたら近所の人に聞いてみよう。だれかこの子を知ってるかもしれないし。
いつも1人で座ってる食卓を3人で囲むと、昨日のモヤモヤはどこへやら胸があったかくなった。もくもくとご飯を食べる女の子を見ながら思う。こういうの、いいかもね 図らずも口に出していたようで、スクアーロはそうだなぁとやさしく笑った。






ご飯を食べ終わって歯磨きをすますと、女の子は突然すっと立ち上がった。玄関の方へ歩き出す女の子をスクアーロと追いかける。ドアを開け、靴を履いた女の子がこっちを振り向いて「バイバイ」と言った。し、しゃべった!きれいなソプラノボイスだ。あわてて声をかける。


「か、帰るの?」


こくりと頷く。隣のスクアーロが家わかんのかぁ、と続ければまた小さなあたまを縦に振った。


「そうだ!名前!名前聞いてない!」


名前だけじゃないけど…。それだけでも聞いておこうと声を上げたあたしに、女の子が初めてふわりと笑った。その瞳は隣のひとによく似ていて、黒い髪はあたしと同じ色をしている。ねぇ、きみ、どこかで


「…パパ、ママ、またね」


ボンッと音が弾けて、気がつくと小さなシルエットは煙の向こうへ消えていた。




ハッピーセット、おまけつき
(どうやらあたしたちこれからも幸せらしい)



「う゛お゛ぉい!見つかったぞぉ!」
「こらーっ!お屋敷では勝手にどっか行っちゃダメって言ってるでしょ!」
「…はあい」


100909
ヨスヱさんリクエスト、お客様番外で新婚に女の子乱入でした。
ああでもないこうでもないしてるうちにものすごい時間がかかってしまった上、せっかくの美味しい設定を生かしきれずすみません!スクアーロの娘は反抗期までは人見知りだといいです。パパ大好きっ子だとさらにいいです。
リクエストありがとうございました!

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