遠くから名前も知らない鳥のさえずりが聴こえる。鳥の名前 気にしたこともなかったが、そういえばあいつは小鳥が好きだったなと思い出す。昔飼っていたインコの話を、あいつは今でもよくする。篭の鳥は不憫に見えて好きじゃない。楽しそうに話すあいつを どこかに閉じ込めておきたいとは何度か思ったが。


朝だ。


鳥のさえずりが脳を軽く揺さぶる。鼻孔をくすぐる微かな香りが気になった。俺はそういった類のものは置いていない。何だ?まどろむ頭をなんとか動かし、うっすらと瞼を押し上げる。


「あ、起きた」


…………。


「また寝るの?」

「……何でいんだぁ……」


ベッドの端に膝を乗せ、なまえはえへへと笑ってみせた。えへへ じゃねぇ。可愛いけど。
いつの間に開けたのか、窓から朝のひんやりとした空気が肌を刺す。いつもは気にしない鳥のさえずりが聴こえたのはこのせいだったのか。微かな香りの正体はこいつの匂いだった。それにしても今日はあったかい。寒がりのなまえも、今日は朝から薄手のカーディガンを羽織っているだけだ。
俺の問いを聞いて、なまえは悪戯が成功した子供のように表情を崩した。


「スクアーロをおどろかせたくって」


寝込み襲っちゃった、と笑う声は小鳥のさえずりにも似て、俺の脳を心地好く揺さぶる。襲われた覚えはないが、ずっと寝顔を見つめられていたのかと思うと不本意だ。無意識に寄った眉間を、自分のそれより一回りほど細い指がぐいと押す。ため息が出た。どうしてこいつはそう 愛らしい動作ばかりするんだか。


「しあわせ逃げちゃうよ」
「かまわねぇよ」
「だめだめ、ほら、吸って!」


吸えば戻ってくるものでもねぇだろうが。何もない空間で必死に手を動かすなまえはどこか抜けている。まあそこが良いんだがなぁ。小さい頭を引き寄せてそっと唇を奪う。パチパチと目をしばたかせるなまえに、「こうすりゃ減らねぇだろ」と囁くと恥ずかしそうに俯いた。「わたしの分が減っちゃうよ…」思わず笑ってしまう。口を尖らせて肩を叩かれた。


「もうっ!ねぇスク、早く着替えて朝ごはん食べよ。今日お休みなんでしょう?」
「あぁ。どっか出かけるかぁ?」
「ううん、スクの部屋でごろごろする」
それじゃ今と変わんねぇじゃねぇか と言えば、なまえはごろりと俺の腹の上に寝そべった。長く伸びすぎた銀色を指に絡めてへらりと微笑む。機嫌はもう直ったようだった。腹にかかる僅かな重みに、この存在を脅かす何からも守っていこうと確かに思う。俺の幸せはこいつが与えてくれるだろうから、減ってしまった分のこいつの幸せは俺が与えてやりたい。それこそが至上の幸福である。そして今すべきことは、今日一日なまえを散々甘やかしてやることだ。


「ふたりでごろごろしてたほうが、きっと楽しいよ。ね?」


まったく、こいつには敵わねぇぜぇ。






100514@酸素
title by arnica
椛さんリクエスト、彼女を慈しむスクアーロでした。たまにはへたれない鮫を書こうと思ったがどうもへたれた気が…。リクエストありがとうございました!

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