証書の入った筒をヒビ入るんじゃねぇかってくらい握り締めて人目も気にせずわんわん泣きつづけるなまえがあまりにも可哀相だったから「なんでも言うこと聞いてやるから泣き止め」と言ったらぴたっと泣き止んだ。詐欺かよぉ!だが目が真っ赤のこいつを見てると訂正する気も起きない。
涙やら鼻水やらでよごれた顔を制服の袖でぬぐったあと、なまえは真剣な顔で言った。


「風になりたい」







そうかそんなくだらないいきさつから、俺はまだ肌寒い空気を裂いて自転車なんかこいでいるのか。馬鹿らしいにもほどがある。ここらで評判のきつい上り坂を上りつづける俺と、後ろでいまだにぐすぐすやってるなまえ。こいつが泣き止まないと俺もこのくだらない作業をやめられないわけだが、空気の読めないなまえは小さな嗚咽を繰り返すばかりだ。実はウソ泣きなんじゃねぇのかこれ。…という疑念がここまで来る間に何度あたまをよぎったことか。それでも結局ペダルを踏みつづけている俺はただの馬鹿だ。かっこわりぃ。


「う゛おぉい!いい加減下りろぉ!てめぇが乗ってるせいで進まねぇだろうが!」
「うるさいバカアーロ」
「なっ…!!」


この扱いはなんだ。俺もう少し労られてもいいんじゃねぇのか。後ろの重みを振り落としてやろうかとも思ったが、腰より少し上のあたりに回された細い腕が視界に入ったせいでできなくなった。こんな細い身体で自転車から落ちたら、アスファルトにぶつかって死んじまうかもしれない。こいつこんな細かったかぁ?


「…いやだな…」
「あ゛あ?なにが」
「そつぎょうしたくないな」
「馬鹿か。さっきしたじゃねぇかぁ」


再び背後からバカアーロ、と返ってきた。んなこと言われたって記念すべき今日、俺達はあの忌ま忌ましい閉鎖空間から解放されたことに変わりはない。だいたいお前いつも「こんなとこ出ていきたい」ってぼやいてただろぉ。
…とは言わないでおく。また泣かれたらたまらないからだ。こいつとの長年の付き合いから、俺は我慢と我慢と我慢を学んだ。あ、これ全部我慢じゃねぇか。


「学校なんていつでも来れるだろぉ。担任も離任しないらしいしなぁ」
「…そんなの、意味ない」


バカアーロのばか。って、う゛おぉい、何回言えば気が済むんだぁ!
さすがにこれ以上調子乗らせるとまずいか、と振り向きかけたとき、なまえがあっ!と声を上げた。思ったより耳元に響いた高い声に不意を打たれて顔をそらすと、ちょうど坂の終わりについたことに気づいた。上りきったのだ。



坂のてっぺんから自転車で駆け降りてみたかったんだあ、と愉快そうに話すなまえの目元は、式のときよりずいぶんマシになっていて安堵する。いつもへらへら笑ってるやつの見慣れない泣き顔なんか見るもんじゃないと改めて思った。しかしこの景色は見る価値があるだろう。坂の上から見下ろす景色はため息が出るほど美しかった。夕日がちょこんと顔を出した空は青とオレンジのグラデーションに染まっている。人気のない町並みはなぜだか神聖なものに見えた。一番奥に海が見える。水平線がこんなに綺麗だということを初めて知った。これが、俺達の街。


「キレーだね」
「…ああ」
「来てよかった」
「ああ」


連れてきたの俺だけどなぁ。再び腰に回った手に一瞬だけ触れて、右足に力を込めた。






「わああああああ!!スクアーロ!スクアーロすごい!!」
「うる、せぇぇぇ!!」「速い!すごいすごいすごいきゃあああああああああ」
「、舌噛むぞぉ!!」
「え!?なんか言った!!?うひゃあああああああああああああ!スクアーロ、わたし、わたしたち風になってりゅ」


最後の最後で噛みやがった。笑おうとしたら不意にハンドルがブレる。まずい。孟スピードで坂を下りる車体が宙に浮いて、俺達の身体ごと投げ出された。どすん、という音に続いて背中を襲う痛み、がしゃん。あ、これ自転車壊れたな。


「痛い…!」
「いってぇ…」


というより、重い。瞼を押し上げると俺の腹部になまえが乗っかって制服を手で払っていた。重い。視線を送ればなまえは俺を見下ろしたまま首を傾げた。


「わー、スクアーロが下にいる」
「そりゃあ下敷きにされりゃあなぁ!」
「なんか新鮮」
「いいから退けぇ」


なまえはせかしても動く気配すら見せない。それどころかじっと俺の顔を物珍しそうな瞳で見下ろしている。そういや今日でこいつともお別れだってのに、ろくに正面から顔を見ていなかった。いつもと何も変わらないはずなのに、どうもこいつの顔が大人びて見えるのは卒業マジックというやつか。


「卒業しちゃったね」
「…ああ」
「わがまま付き合ってくれてありがと」
「…おう」
「わたし卒業しちゃったけど、スクアーロと一緒に居たいなあ」
「…は、」


夕焼けをバックにしてなまえはなんとも愉快げに笑った。おそらく今の俺はそうとう間抜けた顔をしているにちがいない。ああやっぱり泣き顔なんか見るもんじゃない、笑った顔がやたら可愛く見えてしまう。坂を上っても下りても結局重いわけだが、こいつの重さからは卒業できそうにない。それもまあ悪くないと思ってしまった俺は、こいつの言う通り馬鹿なんだろう。



ひとこえ泣けば


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