「さっきから怖い顔してるよ」


穏やかな表情で指摘するセシルに、だろうな と小さく息を吐いた。最後の決戦は、もう目前に迫っている。今流れている穏やかな時間は嵐の前の静けさにすぎない。人はこういうとき神にすがるのだろうが、私は何に祈ればいいのだろう。我々の神はもういない。


「コスモスのことを後悔する気持ちはわかるよ、けれど、そればかりではどうしようもないだろう?」
「…わかっている」
「記憶が戻らないこと、気にしてるんだね」
「………」
「大丈夫だよ。今はわからなくとも、きっと君を待っている人がいるから」
「…ずいぶんと、確信しているような言い方をするな」
「もちろん。人は、守るべき存在があるから強くなれるんだ。君の強さは、大切な人がいるという証だよ」


セシルはゆっくりと、噛み締めるように言った。そういうものだろうか。ふと考えて、尋ねる。


「セシルにも、待っている人がいるのか」
「うーん…僕の大切な人は待つのが嫌いでね。すぐ追いかけてきちゃうんだ」


困ったものだよと優しく笑い、立ち上がったセシルが私へ手を差し延べた。


「さあ、そろそろ行こうか。君がいなきゃ始まらない」


コスモス、私はあなたを守れなかった。深い闇に落ち、それでも私は進み続けよう。その果てで出会えるのというのなら、私はあなたに祈ろう






驚いたけれど、わかっていたはずだ。わたしには、わたしなら。だからこれはわたしの責任。ずっと光のあたたかさに甘えて逃げていた。人に生まれたときから名前があるように、わたしにも生まれたときから決まっていた役目があるのだ。



お城の中はいつもより騒がしく、重い空気に満ちていました。だれもが不安げな顔を隠せずにいます。こんなことは今までありませんでした。いつもガーランド様がみんなを率いてくれていたから。どんなときも冷静で頼りになる彼を尊敬していました。もう、「忠臣」である彼は、いないけれど。


ガーランド様はセーラ王女のことを慕っていたのでしょうか。叶わぬ想いあまって城を出ていく彼の姿は、わたしの知っているものとは掛け離れています。わたしは彼を尊敬していながら、何も知らなかったのです。ただひとつだけわかっていたこと。わたしが今まで目をそらしていたこと。勇者さんを見つめるわたしの表情はひどく思いつめたものだったことでしょう。


「勇者さん、聞いてほしいお話があるんです」


お母さんがいなくなってから、わたしがずっと予言の役目を担ってきました。母の話によれば、祖父のルカーンには予言の力だけでなく、記憶を受け継ぐ力もあったそうです。残念ながらその力は、母の代で枯れきってしまいましたが。
もうひとつ、母がわたしに言い聞かせていたこと。それは祖父がふたつの力により予言した、世界を覆うおそろしい闇のこと、そしてそれを救うために現れる光の戦士のことでした。祖父はその予言を残して街を出ました。世界に異変が起こりだしたのはそれからです。母もわたしも何度もお城に呼ばれては、光の戦士についての予言を求められました。わたしはただ何か悪いことが起きそうな気がする、それがだんだん近づいてくる、そんな曖昧な答えしか返せませんでした。


「勇者さんを森で見つけたとき、なんだか、ずっと待っていた人にようやく会えたような気がしたんです。でもわたし、その感じがどういうことなのかわからなくて、もしかしてって、考えたことはありましたけど」


勇者さんは黙ったままでした。言葉は拙くとも、話しているうちにわたしの心は鎮まっていました。今では不思議なくらい穏やかです。きっとこれが、ルカーンの孫として正しい在り方なのだと思いました。


「看病をしているうちに、だんだん仲良くなれていって、わたしうれしかったんです。ずっとひとりだったから。このまま一緒にいられたらって、思ってしまったんです。予言のことなんか、世界のことなんか忘れてしまえたらって」


けれど、時間は進み続けていました。ガーランド様の裏切りはきっと予兆にしか過ぎません。これからもっとおそろしいことが起こるでしょう。世界が闇に包まれれば、きっとたくさんの人が傷つきます。ハッキリとではなくても感じるのです。それを救えるのはひとりだけだと。わたしが勇気を出さなければならないのだと。

だれもが呼ばれるべき名前を持っているように、わたしにもするべき役目があるのです。


だから、わたしは。


「勇者さん」
「あなたはクリスタルに選ばれた、光の戦士なんです」


110119
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