微かな違いは決定的なものとなった。私と、彼らと。すべてを取り戻しつつある今、私だけが地に足をつけることが出来ずにいた。

思い出せないのだ。
仲間たちは元の世界の記憶を取り戻したというのに、私だけが相変わらず名前すら思い出せずにいる。思いを馳せる対象すらないことが歯がゆかった。


「大丈夫っスよ。そのうちフッと思い出せるって!」
「ああ…」
「楽しみは後にとっとくって考えればいいんだ。ケーキのイチゴみたいにさ」


励ますように言ったティーダが、ふと押し黙った。何かを考え込むような仕草を最近の彼はよくする。どうしたのか聞いてみれば、ためらいがちに口を開いた。


「記憶が戻ったら、ぜんぶわかるって思ってたんだ。でも…違った。もっとわからなくなった」
「わからない?」
「だって、もしこの闘いが終わってもオレは…」


しばらく沈黙してから、ティーダは「帰るところがないのは、こわいっスね」と悲しげに笑った。問い詰めることはしなかった。いつも太陽のように明るい彼にも、さまざまな思いがあるのだろう。
帰るところ か。私にはまだ、見つからない。






城に行ってきます 出かけた彼女はいくら待っても帰ってこなかった。もうすぐ日が暮れる。剣を腰に括りつけ、いつか彼女と共に歩いた道を駆けた。

スコアはたびたび街へ出かける。食料品を手に入れるためでもあるのだろうが、城に用があるからというのが本来の目的のようだ。いかんせん腑に落ちなかった。スコアは何の変哲もない普通の娘に見える。一体、何の用があって。彼女がたったひとりあの町外れの家で暮らしているのと関係があるのか。自分が首を突っ込むことではないと知りつつも気になってしまうのは、城から帰ってくる彼女が決まって辛そうな顔をしているからだ。
いつもは日だまりのように穏やかな彼女の奥底にも、図り知れない何かが隠れているのだろうか。私のいまだ戻らない記憶が、この胸の底に深く沈んでいるように。


…何も知らないのだな 今更ながら実感する。こんなにも世話になっているというのに、私は彼女のことをあまりにも知らない。そう考えると、記憶を取り戻そうとするときのあの焦燥感が胸を襲い、私は足を速めた。

「おやあ、アンタいつかの…」


ふと耳に届いた声に振り向くと、いつかの店の主人が箒を片手に立っていた。掃除をしていたらしい。木葉を集めて出来た小山で子供たちがじゃれている。どうかしたのかい、と尋ねる主人に彼女の迎えに来たと話せば、目を丸くして驚いてみせた。


「最近よく呼ばれてるとは思ってたけど、今日もかい。何か悪いことが起きるのかもしれないな」
「…どういうことだ?」


主人は一拍置いてから ああ、アンタは外の人だから知らないんだねぇ と頷いた。自分がついさっき考えていたことを指摘され、小さな歪みが胸を焦がす。


「スコアちゃんはね、予言者ルカーン様の孫なんだよ」
「…予言、者?」
「昔、この街にいたすごい予言者だよ。今はどこにいるのやら……王様はルカーン様がいなくなってから、孫のスコアちゃんの予言を聞くためにああしてお城に呼んでるのさ」


予言者?ルカーン?聞いたこともない。彼女に、そんな力があると?


「…では、彼女があの家に住んでいるのは…?」
「さあ……確かなことは言えないが、とにかくルカーンの血を引く者っていうのは、この街の奴らにとっちゃあ神様みたいなもんだからね。あの子の母親はそういう扱いが嫌だったんだろう、スコアちゃんが生まれてすぐ街を出たんだ」


では、彼女はずっとあそこに住んでいるのか。母親を亡くしてから、たったひとりで、ずっと。
予言の力。ではスコアは私を救うことも知っていたのか?もしかすると、私自身の正体も?







「わかりませんよ」


事のあらましを正直に話せば、スコアはスープを飲む手を止めて私を見た。冷静なようにも、溢れそうな感情を押し止めているようにも見える。


「おじいちゃんのことは、よく覚えていないんです。わたしの持っている力のことはほとんどお母さんに教わりましたから」
「…では、予言の力というのは?」
「確かにおじいちゃんの力は受け継いでいます。でも、わたしの力なんてたったの4分の1です。みんな大袈裟なんです。わたし、おじいちゃんみたいにすごい人なんかじゃない。わたしにできるのは、少し先の未来をぼんやりと感じ取ることだけ。勇者さんと会うことも、本当に、なんとなく感じていただけで、だから勇者さんの正体とか、わたしは全く、」


もういい、と遮れば、スコアは所在なげに俯いた。この話題を振るべきではなかったと後悔する。そんな顔をさせるために聞いたわけではなかった。疑ってもいない。ただ私は、


「君のことが知りたかっただけなんだ。」


言葉にすると、ひどく子供じみた言い訳に聞こえた。スコアはほんの少しだけ顔を歪ませて、それを塗り潰すかのようにくしゃりと笑った。



――記憶などなくともいいのではないか。今ここにある彼女の笑顔は、確かに私の身体に根を張って、息づくのだから。こうしていつまでも彼女とふたりで時を過ごすのも悪くはないと。

いつの間にか私は、つかの間の心地好さに溺れていたのだ。夜の帳が部屋を包んでいる。


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