闇というものは、こんなに深かったのか。クリスタルの輝きは、我々をさらなる光へと導いてくれるものではなかったのか。目を閉じても浮かんでくるのは消えるコスモスの姿だけ。どうして なぜ 疑問よりはるかに大きい後悔の念が頭をふさいだ。
私は、守れなかった。


「…眠れないんですか?」


暗闇に凛とした声がこだます。振り返れば、仲間たちのテントの前にオニオンナイトが立っていた。こちらに歩いてくると、私の隣に腰を下ろす。


「そう言うお前も眠れないのか」
「…今日は、いろいろあったから」
「………」
「暗闇っていうのは、夜のものだと思ってました。眠ってしまえば消えてなくなるって。でもこの闇は、きっと目が覚めてもなくならない。朝がきても、ずっと」


そう思ってたら眠れなくなって と苦笑する。闇にとけてしまいそうな弱々しい声。まだ子供なのだ、当然だろう。
……夜、か。この暗闇が夜なら、朝もやはり来るのだろう。どれほど深かろうとかならず晴らしてみせる。我々はつねに光とともにあるのだから。


「だが、朝は来る。明日も早い。今は寝ておけ」


話して少しはすっきりしたのか、オニオンナイトは素直に頷きテントに戻っていった。おやすみなさい、と声がひびく。お休み、せめて今だけは。闘いは未だ続いている。





機を織るのが昔から好きでした。ギッコン、バタン、ギッコン、バタン 規則的な音はただただ糸をつむぐためにあり、そこには正しさとか誤りとか、だれかを苦しめるものはなにもない。なにも考えずに熱中できるのは、わたしにとって大切な時間でした。
外から聴こえてくる不規則な音は、勇者さんが剣の素振りをする音。何度か振ったあと、考えこむように間があきます。剣を振ることでなにか思い出すかもしれない、たとえば 名前とか。勇者さんの名前。やっぱり「勇者さん」しか浮かばないな とわたしは苦笑しました。



ギッコン、バタン ギッコン、バタン



「いい音だな」


勇者さんの声。いつの間に戻ってきたのか、タオルで汗をぬぐう勇者さんの姿がありました。機を織りながら わたしも好きです と答えると勇者さんはだまって頷きます。ギッコン、バタン、ギッコン、バタン 規則正しい音だけが部屋に響きます。


「なにも思い出せないんだ。剣の振り方は、身に染み込んでいるというのに」


なんの抑揚もなく、しかし焦りがにじんでいるような声。あのすこしの間は自分の記憶を取り戻そうとしていたのでしょう。手の平をじっと見つめる勇者さんの背中がまぶたの裏をかすめます。ギッコン、バタン 機の音を保ちながら口を開きます。


「機織りっていうのは、たくさんの糸からひとつの布をつくりあげる仕事なんですよ」


一本一本の糸が記憶だとしたら、それらが絡み合ってひとりの人間をつくっているのでしょう。わたしが、たくさんの記憶の上に成り立っているように。ともすれば勇者さんも その身体すべてが、記憶の証明。


「記憶がないことを不安に思うことなんかないです。思い出せなくったって、勇者さんは確かにここにいるんですから」


コツン 勇者さんの頭が背中に当たって、機織りの音が止まります。静寂につつまれた部屋に、勇者さんのささやくような声が響きました。


「しばらく、こうしていていいだろうか」


ギッコン、バタン ギッコン、バタン
ふたたび紡がれだした規則正しい音に、「やはりいい音だな」勇者さんが小さくわらいました。


100927
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