「記憶はなくてもさ、なんかこう、感じるんだよな。自分には帰らなきゃいけない場所があるって」


雲をつかむような曖昧な仕種をしながらジタンは言った。歩いていたらバッタリ出会ったのである。次元城の草原にゴロリと寝転んだ彼は、「リーダーもたまにはゆっくりマッタリしたらどうだい?」と隣の地面を叩いた。まあ、たまにはいいかもしれない。私が兜と篭手を外し腰を下ろすのを待って、ジタンは空を見上げながら話し出した。


「きっとそこには、オレを待ってるひとがいるんだろうな。だから帰らなきゃって思うんだ」
「待っている人?」
「たとえば、大切なひととか」


青空の下で、ジタンは照れたように笑った。

私にもいるのだろうか、私を待っている 大切なひとが







わたしが拾ったその人は、意識を取り戻すとみるみる元気になってゆきました。一週間経って、すでに松葉杖で歩けるほどにまでなった彼は、家の周りに張り巡らされた柵をたどって歩く練習をしています。彼のひとみと同じまっすぐな心が、彼自身の身体を回復へと導いているよう。穏やかな昼の風が真っ白いシーツをなびかせます。


「あっ」


ぶわりと突然強くなった風にシーツがめくりあがりました。声を上げたのもつかの間、わたしの視界を通り越しさらわれてゆく大きな白。他の洗濯物をあわててクリップでおさえつけ後を追います。シーツは花壇を越え畑を越えて……やがてゆっくりと落下しました。ばさり。


「「あ」」


白い布に覆われてぬうんと立つようすはお化けか何かのようで、わたしはポカンとその姿を見ていました。片手で柵につかまり身体を支えつつ もう片方の手でシーツがめくられると、戸惑った表情が文字通り顔を出します。いきなり視界をうばったものの正体を確認して、彼はわたしにスッとシーツを差し出しました。


「…ふふっ」
「?どうした」
「まさか勇者さんのところに落ちるなんて…」


さっきのお化けの姿と、そこから出てきた困ったような顔。くすくすと笑うわたしを見て、勇者さんは不思議そうに首を傾げました。

勇者さん。
わたしは彼をそう呼ぶことにしました。名前がわからない 自分がなぜモンスターに襲われ、なぜあそこに倒れていたのか。あるいは自分の故郷すら彼はまったく覚えていませんでした。行く当てもない怪我人をそのまま放っておくなどという非道なことを出来るはずもなく、わたしが彼の世話をすることになったのは当然の流れです。わたしは一人でこの家に暮らしていましたし、ちょっとした理由から食べ物や物には困らないため、彼ひとり養うのは簡単なのです。
最初はあの、ちょっと、すいません などと呼びかけていましたが、やはり名前がないということは不便でした。そこでわたしが考えたのが「勇者さん」だったのです。

彼をそんな名で呼ぶようになった理由は彼を家に運んだ次の日にありました。なにか彼の身許がわかるようなものはないかと散策していたわたしは、ちょうど彼が倒れていたあたりからすこし距離をおいた草原で剣を拾ったのです。
それは鈍く光り、かすかに赤黒い血がついていました。おそらく彼を襲ったモンスターのものでしょう。金色の柄は錆び付いていましたが、そこまで古いものではないようで。どうしてかわたしには、この剣が相変わらず目をさまさないあの人のものであると確信があったのです。そしてわたしのそういった確信はいつも正しかったので、わたしはその剣をていねいに磨き、彼のベッドのそばに立てかけておきました。

記憶のない彼にこの剣が自分のものかどうか尋ねても答えはわからずじまいでしたが、わたしは剣をたずさえこの家にたどり着いた不思議なひとを、勇者さんと呼ぶことにしたのです。


「疲れたでしょう?今日はこのくらいにして、あとは休んでください」
「いや、あと一周しておく」
「もう…あまり無茶したらだめですよ。傷が開いちゃいますから」
「ああ。気をつける」


ごく真面目そうに頷く彼は、あと一周といいつつあと二周はするのでしょう。どこまでもまっすぐに努力する人 出会って数日のわたしでもわかりました。懸命に手足を動かす後ろ姿はけがをしているにも関わらず、なにか強い芯のようなものを感じさせます。かっこいいな と 小さなつぶやきが漏れました。そんな彼を応援するように吹いた追い風はすこし冷たくて、彼の身体をあたためるためのスープをつくろうと、わたしは小道を急ぎました。


勇者さん。
まるで彼は凛とした勇者のようだと思い、わたしのそういった考えはたいていいつも当たっているのです


10091
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -