記憶がないということ 私たちに共通する点である。しかしそこには微々たれど違いがあった。たとえばセシルやティーダは、敵が己の肉親であることを知っている。覚えている というよりは 知っている そういう感覚なのだとふたりは言った。
記憶がないということ 私と彼らとの間にある微々たれど最も大きな違いは、己の名前を知らないという点である。

ときおり、糸の端を見つけることがある。既視感とでもいうのか、しかしそれを手繰り寄せようと目を閉じるたび、私は瞼の裏の暗闇に呑まれていくような気がした







ひとが倒れていました。わたしの家へと続く細い小道をすこし逸れたところに、きらりと光る銀色。駆け寄って 大丈夫ですか と声をかけても反応はなく、肩を揺すると苦しげな息が漏れています。
草原が赤く染まっているのが見え、それが血で、この人の脇腹から垂れているものだと気づくと、わたしは提げていたバスケットをその場に置いて小道をまっすぐに走りました。

男の人を抱えるほどの力がないわたしは、分厚いシーツを持ってまた外へ出ました。倒れたままのその人をシーツへごろりと転がすとまた呻きが聞こえましたが、今は仕方がありません。あっというまに赤くなったシーツごと男の人を家まで運びました。
なんとかベッドに寝かせるところまで済ませ、息を整える間その人を観察します。銀色の髪は絹糸のように繊細で、閉じられたままのまつげは女の人のように綺麗でした。無惨に破れた服の跡は、おそらくモンスターにやられたのでしょう。毒をもった種類であれば大変です。そっと服をめくって確かめると、傷口は深いものの青くなっているわけでもなく、どうやらその危険はなさそうでした。ともかく傷をふさぐことが先決、わたしは新鮮な水を汲むため再び外へ出ました。




彼が目をさましたのはそれから三日後のことです。包帯を変えたついでに身体をタオルで拭いているときのこと。今までぴくりともしなかったまぶたがゆっくりと持ち上がりました。
思わず あ と声を上げたわたしを視界にとらえると、その人はぼんやりとまばたきをしました。身体を動かせないことに気づいて、首だけで辺りを見回します。口を開いたもののなんと言えばいいのかわからないようす。わたしはタオルを置いて彼の枕元に座りました。


「おはようございます。気分はどうですか?」
「…ここ は、」
「村はずれにある、わたしの家です」
「……私は…?」
「家の前に倒れていたんです。けがをしていたので手当てをさせてもらいました」


怪我…と呟いてから、その人は思い出したようにお礼を言いました。ありがとう、助かった。と。なんだか他人事のように話す彼に違和感を感じながら、わたしはどうして倒れていたのか尋ねました。彼は軽くまぶたを閉じ、眉を寄せました。しばらくの間沈黙してから首を横に振ります。わからない、思い出せないと言うのです。モンスターにやられたショックか、目をさましたばかりで頭が回らないのかもしれません。


「じゃあ、名前は?あなたの名前を教えてください」


わたしはスコアです。そう言うと、彼は青い瞳を揺らして口を開きました。


「…わからない、思い出せないんだ」


開け放した窓から入り込んだ朝の風が、彼の銀色をすくうように流れていきました。



100911
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