気持ちのいい火曜日の朝。わたしはいそいで走っていた。徒歩通のわたしはいつもおそめに登校しているんだけど、さすがに今日はおそかった。だって、だれがリビングの時計が15分おくれてるなんて気づくだろう?こんな日に限ってお母さんは早く仕事に行っちゃうし、朝の占いは12位だし、まったくついてない。そして慌ててでてきたせいで朝ごはんのパンを口にくわえたままだ。食パンをくわえて学校にダッシュなんて昭和の少女マンガみたいなことをするとはおもわなかった。昭和の少女マンガよんだことないけど。

学校まであともうすこし。かかとを鳴らして角をまがった瞬間、目の前がきんいろに光った。


「わあっ!」「ぎゃ!」


どん!と派手なおとがして、おもいっきり尻餅をついた。い、いたい。ハッとして前をみるとおとこのこが両手であたまをおさえていた。色白の手からのぞく髪の毛は天使みたいなきんいろ。朝日を浴びてきらきら光っているからますます神聖なものに見える。こけたついでにあたまをぶつけたらしい。そういえばわたしもほっぺたがじんじんする。立ち上がってスカートについたホコリをはらうと、わたしはおとこのこに手を差し出した。


「ごめん、あの…だいじょうぶ?」


おとこのこがあたまをおさえていた手をどかしてこっちを見上げる。ながいまつげがパチパチと開いては閉じる。おんなのこ顔負けのかわいらしいきれいな顔。なんだか向き合っているこっちが恥ずかしい。そもそもこの状態、ふつうの少女マンガと逆転している。


「…えっと…」
「あ、わるい!ちょっとあたまボーッとして…」
「ごめんなさい。わたしのせいだよね」
「いや、前見てなかったおれがわるいんだよ。いっつもそうなんだ。どんくさくってさ」


とてもどんくさいようには見えない元気なスマイルを浮かべたおとなのこはわたしの手をとって立ち上がった。とおもったら再びずるりとすべって転んだ。…たしかに……
今度こそ立ち上がったおとこのこは、わたしを見て眉を下げてわらった。


「へへ…かっこわるいとこ見せちゃったな…」
「そんなことないよ。よくあるって」


外国人のようだけど、スクアーロとちがって日本語がなめらかだ。日本育ちなのかな、と考えながらぶつかった衝撃で落っこちた食パンをさりげなく道路のすみによけておいた。さようならわたしの朝ごはん。ノラネコにでも食べてもらってね……
わたしはかばんを抱えなおすと、おとこのこに向き直った。


「ほんとうにごめんね。じゃあわたし、急いでるから」
「こっちこそごめんな!ジャッポーネのおじょうさん」


ジャッポーネ。どこかで聞いたことのある言葉だなぁと思ったけれど、遠くで響くチャイムのせいで思い出すことはできなかった。しまった、学校!弾かれるように走り出した。








今日はほんとうに厄日だ。結局あれからばっちり遅刻してしまったし、朝から走ったせいでつかれて眠くてたまらない。そのうえ授業中におなかが鳴ってクラスのみんなにわらわれた。踏んだり蹴ったりってこういう状態にちがいない。おかげで帰り道がいつもの2倍くらい長く感じる。こんなにつかれたのもすべてリビングの時計と朝のおとこのこに責任があるんだけど、あのおとこのこはどうも憎めなかった。なにしろ天使みたいな子だったのだ。やつあたりしたらバチが当たってしまう。というわけでリビングの時計に心の中で文句を言っていたら、背中にとつぜん衝撃が走った。まえのめりに倒れるわたし。同時にうしろからなにかが倒れこんでくる。


「つ、つぶれる!」
「うわあっわ、わりい!」
「Aspettalun mome………まひろ?」


聞き慣れた声がしたかとおもうと、なにかが背中からべりっとはがされた。じんじんする背中をさすりながら起き上がる。朝の金髪のおとこのこがなぜかスクアーロに首ねっこをつかまれて泣きそうになっていた。 な、なんで?


「はっはなせよスクアーロ!」
「うるせぇ!まひろになにしてんだぁ!!」
「まひろ…?あ!朝の子だ」
「朝?朝ってどういうことだなんで顔見知りになってんだぁ!つうか背中から抱きついてんじゃねぇカス馬!!!はなれろ!!」
「もうはなれただろ!それに抱きついてないって!」


わたしはパチパチとまばたきして目の前のやりとりを見ていた。ひとつ言っておくと、ふたりは途中からずっとイタリア語でしゃべっているので何を言っているのかさっぱりわからない。とりあえずスクアーロがほっぺたをまっかにして怒ってるのだけは理解できた。スクアーロがそうとうこわいのか朝のおとこのこのほうはずっとひいひい悲鳴をあげている。と、おとこのこがわたしに顔を向けた。


「ごめんな!またぶつかっちゃって…ケガしてないか?」
「だ、だいじょうぶ…びっくりしたけど…」


どぎまぎしながら答えると、スクアーロのまゆが30度くらいつり上がった。


「なんで日本語話せるんだぁ!」
「スクアーロ、お、おちつけ!しょうがないだろ?ジャッポーネに行くっていったらリボーンに死ぬ気でたたき込まれたんだよ」
「そもそもなんで、」
「あ ちょっと、ちょっとスクアーロ、待って!」


とりあえずうちに帰ろう?と控えめに提案してみると、おとこのこの顔がパアアアッとかがやいて、スクアーロの眉間のシワが2倍にふえた。すごくいやそう…… でもこの子スクアーロの知り合いみたいだし、こんなところでずっと話してるのもおかしい。なんとかスクアーロを頷かせるのに成功したら、ようやくおとこのこの首ねっこが解放された。おとこのこはわたしを神様みたいな目で見ていた。









ディーノくんはスクアーロのともだちで(スクアーロは全力で否定していた)、たったひとりでジャッポーネに向かったスクアーロがどうしているか様子を見てくるよう頼まれたらしい。もともとジャッポーネは行ってみたい国だったからよろこんで請けたはいいものの、当のスクアーロはじぶんの顔を見たとたんものすごいいきおいで問いただしてきた。あまりの迫力に思わず逃げ出したディーノくんを、スクアーロがずっと追いかけていた。元気すぎる。


「へぇー、じゃあまひろちゃんがスクアーロの家庭教師なんだな。いいなーこんなかわいい子が先生で」
「や、ぜんぜんかわいくないです(ディーノくんのほうがよっぽど…!)」
「かわいいって。それにやさしいし。オレの家庭教師なんてすぐ怒るしひっぱたくし……ハァ。オレも女の子がよかった」


ディーノくんはやわらかい金髪をくるくるいじりながらため息をついた。なんだか大変そう。…大変といえば、さっきからわたしとディーノくんのあいだのスクアーロの顔が大変なことになっている。全身から怒ってますオーラがにじみ出てる。うちに着いたころからぜんぜん話さないし。会話はだいたい理解できてるはずなんだけど…。せっかくのともだちとの再会なのに、うれしくないのかな。ディーノくんは気づいてないみたい。何度もどうしたのか聞こうとして、ついそこで思い止まってしまう。だって今のスクアーロ ほんとにこわいんだよ!


「そうだ!オレもまひろちゃんに教えてもらおうかな。もっとジャッポーネのこと知りたいんだ」


な、いいだろ?とスクアーロに向けたディーノくんの笑顔が一瞬で凍りついた。あちゃあ……


「スクアーロ、さっきからどうしたの?なんかこわいよ」
「……………………べつに」
「な なんで怒ってんだよ!」
「怒ってねぇよ!!」
「ひいぃっ」


スクアーロの大きな声にディーノくんが飛び上がる。「ちょっと、スクアーロ!」とがめるように名前を呼ぶとしゅんとして押し黙ってしまった。怒ってる というよりすねてる子供みたい。さすがにわたしもひどかったかな、と謝ろうとした瞬間、ディーノくんが涙目で爆弾を投下した。


「わるかったよスクアーロ、だからヤキモチ焼くなって」


ぶちっとなにかが切れる音がして、スクアーロがディーノくんに飛びかかった。イタリア語のどなる声と悲鳴がごちゃまぜになる。このやりとり、いつ終わるのかな……もう止める気もなくなってしまったわたしは、ため息をついてクッキーを口にほうり込んだ。


スクアーロって、ヤキモチ焼くほどディーノくんがすきなんだ…。


100513

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