今日も今日とて。スクアーロとわたしの日本語教室はのんびりだらだら、マイペースに進んでいる。だいたいの会話ならこまることもなくなったスクアーロは、さっきから暇つぶしにお兄ちゃんのまんがをぱらぱらめくってる。書いてあることはわからないけど絵でなんとなく理解できるらしい。ストーリーわかんないのに読んでておもしろいのか聞いたら、べつにたいしておもしろくもないと言われた。だったら読まなきゃいいのに。そのうち文字も教えないといけないなあ…。


することがないわたしとページをめくるだけのスクアーロが同時にあくびをした。


「なんかないかなー…」


それにしてもひまだ。なにかやることはないかとごそごそ引き出しを漁っていたら、カラフルなビニールが目に飛び込んできた。手を伸ばしてひっぱりだすと、なつかしい包装。
こ、これはもしかして…!


「うわあ、なつかしい!スクアーロ、みてみて」
「ああ?」
「折り紙!」


スクアーロの顔の前に掲げてみせると、スクアーロは眉をよせたまま オリガミ、と復唱した。どうやら初めて見たらしい。わたしは数年ぶりの再会にどきどき弾む胸をおさえ、うすいビニールの中から2枚の色紙を取り出した。ベイビーピンクとネイビーブルー。ちょうどわたしたちのマグカップのいろ。なんという偶然! わたしの口はゆるゆるとほころぶ。

すすす、とスクアーロのとなりまで膝で歩いて、テーブルに2枚をそろえて並べる。いぶかしげなスクアーロが手元をのぞきこんでくるのを確かめると、わたしはシミひとつないベイビーピンクを、そっと、角と角を合わせて折った。久しぶりなんだけど、大丈夫かなあ。ちらりと不安がよぎる。大丈夫だよね、たぶん。小さいころからひとり遊びは得意だったのだ。保育園では オリガミはかせ とまで呼ばれたわたしだもん。


迷いなく三角形をつくると、あとはもう自然に手が動いた。すらすらと折り目をつけては開いて、そこを半分に折り、ひっくり返す。オリガミはかせの手が数年ぶりによみがえったようだった。
ゆっくりと、間違いのないわたしの手をスクアーロが黙ってみつめる。眉間のシワがだんだんとれていくさまはなかなかおもしろい。ずっと見られているのはすこし、緊張するけど。


最後に両脇のつばをていねいに広げれば出来上がり。ふう、と息をつくととなりのスクアーロも同じことをしていた。見てただけなのに緊張するなんておかしい。それだけわたしが集中してたってことかな。そういえば一言もしゃべらなかったし。時計を見ると約3分。久々にやったにしては上出来のタイムじゃないだろうか。
心の中で自分を褒めていると、スクアーロがようやく声を発した。


「…これは?」
「ツルだよ。ええと、crane?」


おぼろげな英語で理解したのかしていないのか、スクアーロは感心したような声を上げた。ピンクいろの折りヅルをゆびさきでつんつんとつつく様子は見かけと不釣り合いでかわいらしい。


「gru」
「ぐる?」
「イタリア語で、ツル」
「ほおぉ」
「どうやるんだぁ?」


へ?思わず裏返った声が出た。なんのことかと思ったら、スクアーロはわたしのツルのとなりに敷かれたネイビーブルーの色紙をたどたどしい手つきで触っていた。教えろ、と目が言ってる。もちろんわたしも教えようと思っていたんだけれど、まさかスクアーロから言い出すなんて想定外だ。興味なさそうなのに。
わたしの手さばきに惚れちゃったかな、と見当違いなことを考える。


「んっとね、まず、こことここを合わせるの」


わたしが差したところをスクアーロが折る。すこし不安そうに「…こうかぁ?」と確かめてくるのがやっぱり似合ってなくてかわいい。スクアーロの手元をじゃましないように指示するから、自然とスクアーロに覆いかぶさるような態勢になる。銀色の髪からいい匂いがした。何かつけてるのかな。お兄ちゃんはよくワックスで髪を固めてたけど、スクアーロの髪は尖ってるのにさらさらしている。いいなあ、…あ、ちょっとハネてる。直したいけど、集中してるから触ったらだめだよね……


「…う゛おぉい、つぎは」
「あっごめんごめん。次は、この三角をこう…開いて…」
「こうかぁ?」
「ちがうよ。こう」


なかなか上手く伝わらない。間違った折り目が増えてゆくネイビーブルーを見るに見かねて、わたしはスクアーロの肩越しに手を伸ばす。細い指をどかそうと触れた瞬間、ずさささっ!とものすごい勢いでスクアーロが後ずさった。びっくりしてわたしも手を引く。


「えっえ?な、なに?」
「………お、おま、」
「オマ?」
「おまえ、い、いきなり」
どうしたんだろう。スクアーロの顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。聞き取れないイタリア語でなにか叫ぶけど、もちろんわたしにはなんのことだかわからない。もしかして爪で引っ掻いちゃった?と聞けば、スクアーロはぴたりと口を閉ざし、ゆるゆると肩を下ろした。はああああ、とためいき。なんなんだ、いったい。


「なんでもねぇ。おどろいただけだぁ…」
「驚いたって、なにに?」
「……はああああ…」


もひとつ盛大なためいきをついて、スクアーロはもとの位置に戻ってきた。じとりとわたしを見上げて、さっさと教えろと催促する。よくわからないままスクアーロの色紙をひとつ折ってみせた。








「か、かんせい…!」


わたしが達成感に満ちた声を上げる。すでに窓から茜色の夕日が差し込んでいた。時間にして2時間半。途中のお茶休憩を入れたら3時間が経っていた。
なれない繊細な作業に悪戦苦闘しながら作り上げたスクアーロの折りヅルが、わたしのツルのとなりにちょこんと座っている。

やり遂げた喜びに顔をほころばせるわたしと対照的に、となりのスクアーロはなんだか不満げだ。

「…なんか、ちげぇ」
「そう?」
「かっこわりい」


指差したネイビーブルーのツルは、たしかにいろんなところに折り目がついていたり、破けているところもあった。どうやらわたしのツルに比べて不格好なのが気に食わないらしい。拗ねた顔が子供っぽくて、思わず笑ってしまう。すぐにチョップが降ってきたけど。


「大丈夫だよ。かっこいいよ。なんかこう…ワイルドじゃん」
「ワイルドなツルってなんだよ」
「スクアーロらしいってことだよ!」


俺ってこんなかっこわりいのかよ…としょげてしまったスクアーロの頭にワイルドなツルをこっそり乗せると、なんとも言えない図が出来上がってしまった。言わずもがな本日2度目のチョップ。痛むつむじをおさえながら、わたしはこのツルを神棚に飾っておこうと誓った。もちろん、いやがらせのために。


100307

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