「学生2枚ください」
「700円になります」


わたしが財布を取り出すより早く、窓口の机に野口さんが一枚置かれた。びっくりして隣を見ると、スクアーロはなんてことない顔で財布についたチェーンをくるくる指に巻き付けている。
窓口のお姉さんがにこっと笑って、うさぎのシルエットが描かれたチケットを2枚差し出した。


「楽しんでいってくださいね!」



ゲートをくぐったところで、スクアーロのパーカーのすそをつまんでみた。2歩先を進んでいたスクアーロが振り向く。


「スクアーロ、さっきのお金…」


ためらいがちに言うと、スクアーロは首を左右に振って何か喋った。たぶんイタリア語で。もちろん理解できるはずもなく、わたしはカンで「…割り勘?」と応えてみる。今度はスクアーロが首を傾げた。慣れてきたとはいえ、やっぱり言語の壁はおおきい。


「ていうか、持ってたんだ。円」


スクアーロは当たり前だというように頷く。そりゃそうだよね、日本で生活してるんだから…


「ええと、割り勘…じゃなくて、さっきのお金、半分払うよ」
「いらねぇ」


自分の財布を開こうとしたら、スクアーロに止められた。そのままわたしの左手首を掴んでどんどん歩きだす。つられてわたしも小走りになった。

これは、おごってもらったってことでいいんだろうか。あんなつりあがった目してガラ悪い喋り方するくせに、おんなのこには優しいんだなぁ。つかまれた手首がすこし痛いけど、わたしは全然気にならなかった。




「スクアーロ、見て見て!あのトラ寝てる!かわいい!」
「……Calmati…」


きゃっきゃと子供みたいにはしゃぎまわるわたしを、スクアーロがイタリア語でたしなめる。その頭に乗っかっているのは、お兄ちゃんが昔被っていた野球帽だ。やたらと目立つスクアーロのカムフラージュだったのに、ところどころ汚れのついた地元少年野球チームの野球帽はスクアーロをさらに目立たせる結果におわった。…面白いし、まあいいか。


「わあっスクアーロこっち!ライオンだって!」


グレーのパーカーをずるずる引っ張ってゆく。ふと、されるがままだったスクアーロが両足にブレーキをかけた。わたしの肩をつついて何かをゆびさす。
近寄ってみると、うさぎや犬が子供と遊んでいるイラストがあった。ふれあい広場の案内パネルである。


「…スクアーロ、うさぎさわりたいの?」


ぼすっ!
即チョップされた。どうやら違ったようだ。


「…お前が」
「わたし?」
「ライオンより、ウサギが好きだろぉ、女は」


どうやらわたしが気をつかっていると思ったらしい。わたしはうーんと唸ると、爪先立ちしてスクアーロの顔を覗きこんだ。


「わたしは女の子だけど、うさぎよりライオンやトラが好き。だからライオンを見に行きたい」
「………」
「スクアーロがうさぎ抱っこしたいならもちろんいいけ……ぐえっ」


またチョップされた。








「うあああ、かわいい!あくびしてる!見た?スクアーロ見てた?わああああ」
「………」
「あっ伸びた!ぐおぉって伸びた!うひゃあああかわいい!もえる!!!」
「……(理解できねぇ)」


わたしは昔から大きな動物がたまらなく好きだ。もちろんうさぎも猫も好きだけど、彼らにはかなわない。凶悪そうな目をしてるけれど、よく見ていればかわいいところがたくさんあるのだ。
そう、スクアーロみたいに。


「…あれ?スクアーロ?」


気づくと隣に居たはずのスクアーロの姿がない。わたしがライオンに夢中になっているうちに、どこかに行ってしまったんだろうか。きょろきょろ辺りを見回しても、ださいブルーの野球帽は見つからない。
まさか…スクアーロがかっこいいから悪い人に連れていかれたのかも。いや、そんなことはないと思うけど。

とにかく捜さなくちゃと走り出したわたしの肩を、誰かがぐいっと掴んだ。


「わあっ!?って、スクアーロ!どこに…」
「わりぃ。これ買ってきた」


ずいっと出されたのはストロベリーのソフトクリーム。スクアーロはすでにちゃっかりコーヒー味をなめている。
反射的に受けとってから、ほっとため息をついた。


「よかった…迷子になっちゃったかと思った」
「マイコ?」
「マイゴ。ていうか、またおごってもらっちゃった」


苦笑しつつソフトクリームをぱくり。スクアーロは「No problem.」と言って財布を振ってみせた。これくらいなんてことないってことだろう。そういう律儀なところはイタリア人だなあと感心してしまう。
ふと顔を上げると、パンダ型の時計台がちょうど4時をさしていた。ここの閉園時間まであと30分で来たのがお昼頃だから、けっこう長い時間居たみたいだ。スクアーロも同じ方を見上げて、「帰るかぁ?」と尋ねる。わたしも頷こうとして、あっと声を上げた。


「おみやげ買ってない!せっかく来たのに!」
「…いらねぇだろぉ別に」
「でも……」
「また来ればいい。…俺も行くから、なぁ」
「!」


スクアーロはあさっての方向を見つめながら帽子のつばをぐいっと下げた。ほんのり赤く染まった耳がぜんぜん隠しきれてない。


「…いいの?」
「いい」
「ほんとに?」
「おぉ」
「イズイットリアリー?」
「し つ こ い!」


またもやチョップがとんできた。ぴりぴりするつむじをさすりながら、わたしはこらえきれずににやにやしてしまう。また来れるならいいや。うん。

今度こそしっかりと手を繋ぎ、わたしたちは出口に向かって歩きだした。


100211

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