わたしが学校から帰ってくると、スクアーロが玄関の横に寄り掛かって立っている。いつも鍵を預けてるんだから勝手に入ってていいのに、遠慮しているのかわたしの言葉が通じていないのか、スクアーロはいつもここでわたしを待っている。
短い銀色の髪の毛が、春の午後の陽射しに反射してきらきらとまぶしい。今日のスクアーロはジーンズに黒いTシャツ、グレーのパーカーというラフな格好だ。背が高いうえスタイル抜群なため、ただの民家の壁によりかかっているだけでどこかのモデルみたい。
スクアーロはかっこいい男の子である。
わたしの姿に気づくと、スクアーロはつりあがった目を細めて片手を上げた。わたしも空いている左手をおおきく振りかえす。
「ただいま!」
「ん、」
しばらく前に教えたはずなのに、スクアーロはわたしに「おかえり」を言ったことがない。きっと覚えてはいるものの、恥ずかしいから使わないんだろう。
スクアーロはちょっと照れ屋な男の子である。
「…それは何だぁ?」
「何だぁ、じゃなくて、何だ、ね」
語尾のキレが悪いのはスクアーロのくせみたいなものらしい。ガラ悪く聞こえるから一応注意するようにしてるけど、たぶん治らないだろう。本人も特に気にしていない。
わたしはスクアーロがつついたビニール袋をリビングのテーブルで広げてみせる。保冷剤がひとつとシュークリームふたつが顔を出した。
「おやつ!途中で買ってきた。ドゥーユーライクスウィーツ?」
「No,I don't」スクアーロは首を横に振って、シュークリームをひとつ手に取った。
「でも、食う」
「なんだそれ」
「これね、駅前のケーキ屋さんで買ったんだ。すごく人気なんだって」
わたしがちびりちびりとシュークリームを味わいつつ話すと、スクアーロは不思議そうに手の中のあまい物体を見つめる。
「…これが?」
「おいしいじゃん!甘いもの好きじゃないなんて人生もったいないって、絶対」
表情でわたしの言っていることをなんとなく理解したのか、スクアーロは眉をよせた。ぶつぶつつぶやいている聞き慣れない言葉はたぶん、イタリア語で「こんなもんのどこが…」とかそんな意味にちがいない。冷蔵庫から出してきた牛乳を、スクアーロが並べたマグカップに注いでゆく。わたしがピンクで、インディゴブルーがスクアーロ。
「あ、そうそう。スクアーロ、動物好き?」
「…嫌いじゃねぇ」
なみなみと注がれた牛乳を啜っていたスクアーロが首を傾げる。わたしはこの前から準備していた言葉を口に出してみた。レッツゴートゥーズー、ウィズミー。
「…ドウブツエン、かぁ?」
スクアーロは目をまるくして聞き返す。
「わかるんだ、動物園」
「テレビで聞く」
「隣町の?うさぎもライオンも、みーんなおともだっち、あおぞーら動物園ってやつ?」
「オンチ」
「そんな日本語どこで覚えてきたの」
で、行かない?と身を乗り出してスクアーロを見つめると、うおっと叫んでのけ反られた。え…なんかショックなんですけど…
気を取り直して訴える。
「ね、行こうよ!ここでふたりで勉強するのもいいけど、実践も大事だよ。イットイズベリーベリーインポータント、トゥスピークアウトドア!」
習ったばかりの英文法をてきとうに組み合わせて並べる。めちゃくちゃな英語が伝わったのかいないのか、スクアーロは困ったように頭をがしがし掻いて、やがてため息をついた。
「………Sure.」
やった!じゃあ今日は動物の名前を教えてしんぜよう!るんるん気分でどうぶつかるたを取り出したわたしを苦笑いで見つめながら、スクアーロ少年は甘ったるい最後のひとくちをぱくりと口にほうり込んだ。
100209