マフィアだかケフィアだかしらないけど、全身包帯ぐるぐる巻きのスクアーロはあの頃よりぐんと背が伸びて、同じものといえば銀色の髪くらいのように見えた。その髪だって女の人みたいに長い。さらり 肩を滑りおちるそれは絹の糸のようでうつくしい中に色っぽさを含んでいた。すっかり大人だね、と言えば 当たり前だろ と返ってきた。


週末、わたしはスクアーロの入院している病院にお見舞いに来ていた。窓から入ってくる風はすこし冷たく、自然とおだやかな気持ちになれる。朝の風だ。時計はまだ10時過ぎ。さすがに早いかなあと思ったけれど、スクアーロのことを考えると居ても立ってもいられなかったのだ。


「なんだか夢みたい」
「ああ?」
「またこうしてスクアーロと会えるなんて」


スクアーロはふと口を閉ざし、「…そうだなぁ」しみじみと頷いた。あの頃を思い出しているのかもしれない。わたしはそうだった。汚い社会もむずかしい理屈もなにも知らずに、きらきら光る明日を夢中で追いかけていたあの頃。右も左もわからなくても走ってゆけた まだこどもだったわたし。あの頃のことを思い浮かべようとすると、わたしの隣には必ずスクアーロがいる。見た目はちょっと怖い、とっても優しくてかっこいい男の子。ナイトみたいなわたしのヒーロー。ふたりで過ごした日々は一年にも満たない短い期間だったけれど、わたしの青春はあの頃だったと断言できる。


「そうだ!ね、これ見て」


かばんから箱を取り出すと、スクアーロは何だというように身を乗り出してきた。両腕で抱えるほどのサイズのそれはだいぶ色褪せている。昨日の夜たんすの奥から引っ張りだしてきたものだ。スクアーロのベッドの縁に腰かけて、ビリビリとガムテープを破っていく。
蓋を開けると古い紙の匂いがした。約10年、一度も開くことがなかったから当然だろう。肩越しに覗き込むスクアーロが息を飲んだ。


「…とってたのか」
「捨てるわけないよ」


だってこれはわたしの大切な宝物なんだから。ちょっとくすんだネイビーのマグカップをスクアーロに手渡す。なつかしそうになぞる指は昔より骨ばっていて、不格好なツルを並べていけば簡素な白いベッドが一面鮮やかになった。よくこんなにつくったよね とわたしは笑う。つられて苦笑するスクアーロの 馬鹿だよなぁ という言葉はどこか他人事のようで、きっとそういうものなんだろう。もう自分のことだったのかどうかも忘れてしまうほど遠い記憶、けれど確かに わたしたちの記憶。


「これで終わりかぁ?」


漢字ドリルをパラパラとめくりながらスクアーロがわたしを見上げた。意図がわからず首を傾げると、じれったそうに眉をひそめる。


「アレがまだだろぉ、あの写真」
「……う」


一瞬固まったわたしをスクアーロは見逃さなかった。和やかなオーラに走るピリリという亀裂。


「お前まさか…昨日ディーノにあんなこと言っておいて、実はなくしたとかいうんじゃねえだろうなぁ!?」
「う、嘘じゃないよ!ちゃんと家にあるから!ちょっと行方不明なだけで!」
「信じられねぇ……大切にしてんのは俺だけだったのかよ…」
「………え?」


いま なんて。聞き返せばあわててパッと口を押さえるスクアーロ。でもわたしの耳にはしっかりばっちり届いているわけで。ああ、なんか、からだがあったまってきたなあ。窓から吹き込む風はまだ冷たいはずなのに。


「…ごめんね、スクアーロ」
「………」
「でも、その、うちにあるのは確かだから」
「………」
「だから…退院したら、一緒にさがしてくれません か」


返事は返ってこない。けれど、わたしと同じ色した耳だとか、あの頃と変わらないまっすぐな目だとか、本当はずっと前から気づいていたこの気持ちにも、きっともうすぐ色がつくはず。子どもだったわたしたちには言えなかった言葉が沢山あって、わたしたちはそれらを伝えるために大人になったんだろう。そういえば、スクアーロにもまだわたしに言ってない言葉がある。
「さようなら」は言ってもらった。だから今度はわたしの番。





先生さようならー 明るい生徒の声に手を振り返していつもの角を曲がる。今日は我ながら上手くできた。一言も噛まなかったし、獄寺くんに「やるな」って言われちゃったし。やったね!とガッツポーズをしていたら、見慣れた玄関に長い人影。わたしはとびきりの笑顔を浮かべて口を開いた。


「おかえり!」



101026

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