おはようございます!と元気な声をかけてくれたのはわたしの担当するクラスの生徒、山本武くん。続いて控えめに挨拶する沢田くん、獄寺くん。ニコッとわらってから、山本くんの頬っぺたをむぎゅうとつねった。


「うひゃ、ひゃにすんだよまひろちゃん!」
「先生、でしょ。また怪我してるじゃない」


つねった頬っぺたのすぐ上には絆創膏、他にも擦り傷なんかがたくさんついている。山本くんが へへ…と頭を掻いた。


「大したことねーよ、こんくらい!な、ツナ!」
「ええっいや、その、こ、これはちょっと…」


汗をだらだら流しながら尻込みする沢田くん。めんどくさそうにポケットに手をつっこんでいる獄寺くんからも白い包帯がチラチラ見えている。パッと手を放すと、山本くんと沢田くんがあからさまにホッとした表情になった。わかりやすい子たち。わたしもそうだったのかな 遠い日のことを思い出す。


「いくら元気があり余ってるからって、やり過ぎたらダメだからね。中学生は大事なときなんだから」
「ははっまひろちゃん、なんか先生みたいなのな」
「先生なんですってば」
「まだ実習生だろうが」


獄寺くんのもっともな答え。今日の授業で当ててやるんだから!と言えば やってみろよ と鼻で笑われる。実際獄寺くんはものすごく頭がいいから、逆にやり返されてしまいそうだ。中学生にナメられてるんじゃまだまだ、か。一人前の教師にはほど遠い。





「さよーならー」
「まひろちゃんばいばーい」



すれ違う生徒たちがあっという間に点になる。夕方、わたしの足は重い。今日もつかれた。教卓からクラスを見渡すことがこんなに緊張するなんて。先生ってすごかったんだな、と改めて思う。わたしなんかしょっちゅう噛むしわたわたするし、獄寺くんには馬鹿にされるし……

いろいろな感情がため息になって、ふう と空気をゆらした。見上げると夕日が辺りを包んでいて綺麗だ。このくらいでへこたれるわけにはいかない。明日もがんばらなきゃ。決意を込めて目をぎゅっとつむった。ときだった。


「わっぎゃ!」
「 ひゃあっ」


ドン、と大きな音がして全身に衝撃が走った。尻もちをついたまま目を開くと、真正面にやっぱり尻もちをついている男の人。ぶつかってしまったらしい。あんたはボーッとしてるんだから、ちゃんと前を向いて歩きなさい お母さんの言葉が頭をよぎった。


「悪い!ちょっと人を追いかけてて…大丈夫か?」
「あ、はい、こっちこそすみま…」


パッと立ち上がった男の人がわたしに手を差し延べる。きんいろの髪が夕日が反射してまぶしい。きれいなきんいろ。まるで天使みたいな
行き場を失った手の向こうに、まんまるに開いたふたつの瞳があった。


「…まひろ ちゃん?」


ああ、だから 先生だってば。


101017

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