びっくりした。たぶんわたしの目はお皿みたいにまんまるになってることだろう。スクアーロはなんてことない顔で校門脇に立っている。たくさん突きささる好奇心という名の視線が気にならないのだろうか。そういえば前もそんなことを思ったような…って、そうじゃなくって!
駆け寄って名前を呼べば、ちらりと目だけでこっちを見た。


「どうしたの?今日は雨降ってないよ?」
「知ってる。……」


なにを言いよどんでいるのか、スクアーロは口をもごもごさせた後、ふいにわたしの手をとって歩きだした。正しくは手首を引っぱりだした。わかりにくいようでわかりやすい顔をうかがうこともできず、わたしは転ばないように必死に足を動かした。まさかまた、スクアーロが学校に来るなんて。今度こそ話しかけるところをばっちりみんなに見られてしまった。明日は質問攻めにされるんだろうなあ…ノートも写させてもらいそこねたし、スクアーロはだんまりだし、なんだか調子っぱずれな1日だ。

沈黙に耐えきれず、しゃんとした背中に「具合どう?」と聞いてみた。スクアーロが風邪をひいたのはこないだのこと。スクアーロはふり返らないまま「平気だぁ」と答えた。その声はこないだより元気…だと思う。たぶん。


「どこ行くの?うち?」
「その前に、寄る」


寄るってどこに。まあこのまま引っぱられていればたどりつくんだろう。スクアーロの手のあったかさが心地よかった。





スクアーロが立ち止まったのは、白い壁に青い屋根のかわいいお店だった。わたしはここをよく知っている。さいきん人気のケーキ屋さんだ。いつかシュークリームを買ったことがあった。あのときはスクアーロも一緒に食べたんだっけ、なつかしいなあ。
ずんずん進んでいくスクアーロについて自動ドアをくぐるとチリリンとベルが鳴り、店員さんのいらっしゃいませが響く。スクアーロはそれには全く反応しないで、突然振り向くと言った。


「選べ」
「え?なにを?」
「なにかひとつ」
「アバウト…」
「早く」
「だれかにあげるの?」
「………」


だまってしまった。図星だったのかな。…だれかにあげるんだ。だれだろ、ディーノくん?まさかイタリアにケーキを贈ろうなんて思わないか。じゃあ……わたしの知らないひと?それも日本の。甘いものだから女の子なのかな。……。………


「う゛おぉい、何ボケてんだぁ」
「あっごめん!えーと、じゃあ…これ」






わたしの手をとって歩くスクアーロはまたまただんまり状態。今度はわたしもだんまりだから、ふたりしか歩いていない帰り道はすごく静かだ。スクアーロは気づいてるだろうか、わたしの重たい足どりに。気づかないだろうな、わたしだってよくわからないんだから。モヤモヤモヤモヤ なんなんだろう。


「………」
「………」


はあ ため息をつきかけたその瞬間、ドンと衝撃が走った。前を歩いていたスクアーロが止まったのだ。どうしたんだろうと横から顔をだせば、スクアーロの足元にはちいさな男の子が尻もちをついていた。


「わ、大丈夫?」


駆け寄って顔をのぞき込むと、男の子はムスっとしていた。唇をきゅっと結んで、釣り上がった目でわたしとスクアーロを見上げる。


「じゃまなんだけど」
「へ」
「まえを向いてあるくのはけっこうだけどすこしは下もみたらどうなの?ぶつかったのになにも言うことはないの?かみころすよ」
「か、かみころ…!?」ハネた黒髪釣り目の男の子はなかなか刺激的なことを言って立ち上がった。お尻についた砂をぱんぱんと払い、スクアーロを睨みつける。
スクアーロはすこしだけ眉を吊り上げた。気にくわないけど手を上げる気はないみたい。謝るわけでもなく男の子を見下ろす。男の子はものともしていない。


「スクアーロ…」


わたしが不安げにつぶやくと、スクアーロはふいに腰を落とした。持っていたケーキ屋さんの袋を男の子にずいとさしだす。


「やる」
「……これ」
「いらねぇかぁ?」
「………まあ、ゆるしてあげてもいいよ。次はないからね」


袋からただよう甘い匂いに男の子は屈したようだ。大人びた口をきいてもやっぱり子供らしい。ちょっとだけ満足そうな顔で歩いていった。わたしもホッと胸をなでおろす。それにしても変わった男の子だったな……かみ殺すなんて物騒な…

それにしてもわたしといいスクアーロといい道で人とぶつかることが多い気がする。磁石でも持ってるみたいだ……あまり持っていたくない。持つといえば、今のスクアーロは手ぶらだ。ケーキ屋さんの袋を男の子にあげてしまったから。よかったのかなあ、だれかにあげるはずだったのに。悶々と考えながら歩いていると、スクアーロが口を開いた。


「わりぃ」
「?なにが?」
「やっちまった、シュークリーム」
「うん…残念だったね。でもわたしは選んだだけだし…」
「ちげぇ」
「え?」
「お前に、やろうと思ってた」


え。…え?
スクアーロはからっぽになった左手をじいっと見つめながらまた口を開く。


「いつも、世話になってるからなぁ」
「そんなこと…」


言葉につまってわたしは俯く。そんな風におもってくれてたなんてぜんぜん知らなかった。いつもわたしがおせっかい焼いて、スクアーロはしょうがなくつき合ってるんだとおもってた。日本語だって料理だって、スクアーロはなんでもできるから。さっきまでモヤモヤしてた心がスーッと晴れて、かわりに頬っぺたがすごく熱くなる。この気持ちならよくわかる。これはきっと うれしいってこと。


「…わたし、ちゃんとスクアーロのためになってた?」


そのときのスクアーロがなにを思い出していたのか、わたしにはわからなかった。けれどとても わたしを溶かしてしまうようなやわらかい笑顔で、スクアーロは頷いたのだった。


「Grazie di tutto.」



100830
Grazie di tutto いろいろとありがとう

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -